密会

 2人が寝室へ向かうのを見送ったキンスは、空になったグラスをトレーに載せて、再度キッチンへと向かった。

 蛇口を捻ると水が湧き出る。スポンジに洗剤を含ませて洗い上げた頃、階段から降りてくる気配に気付いた。


「おかえりなさい、ヴァン」


 顔を向けずに背中で声をかけ、水を止める。乾燥用の網棚に2つのグラスを載せた。


「ああ。おもしれーなアイツ。お月様が綺麗だからーって、一番端のベッドで寝るって言ってたんだけど」


 クスクスと含むような笑い声に気付き、振り返る。椅子どころか無作法にテーブルに腰掛け、やはりヴァンは歯を見せてニヤニヤ笑っていた。


「そこはいつもキンスが使ってる、って言ったら、じゃあその隣に寝る!ってさ。好かれてんねぇ、何したの?」

「何も。座るなら椅子に座りなさい。あとそのニヤケ面は不快だから早く引っ込めて」


 言ったところで聞くヴァンではないのは重々承知だ。硬いこと言うなって、と言いながら尚ニヤニヤ笑っている。


 見かねて1つため息をつくと、そのニヤケ面に向けて片手を翳す。つい、と人差し指を立てその手を軽く挙げると、呼応するかのようにヴァンの身体が宙に浮いた。


「うお」

「食卓は座るところじゃないわよ」


 言いながらその手を下ろす。ヴァンの身体も降下し、4脚ある椅子の1つに落ち着いた。隠しもせずにため息を再度つき、その向かいにキンスも座る。


「そんな話をするために起きているわけじゃないわ」

「分かってるって。いやしかし、思い切ったことするもんだな、お前」


 こちらの不機嫌を察したのだろう。ヴァンもすぐに話題を切り替えた。何のことだか、としらばっくれるつもりもなくその続きに耳を傾ける。


「まさか自ら城に出向いてるとは思わなかったぜ。見張りの兵とかいたんじゃねぇの?」

「そんなものが脅威でないことは貴方もよく知っているでしょうに」

「ああ……まあそっか」


 確かにな、と口の中で言いながら、ヴァンは頭を掻いている。抜けているのか何なのか。


「咎められるものと思っていたけれど」


 そんな様子を見ながら、率直に本心を述べてみた。表面は平常通りのポーカーフェイスを取り繕うが、内心少しヒヤヒヤとしていた。


「咎める?俺が?」


 対するヴァンはよく分からないような様子でポカンとしている。が、


「それって、俺に黙って王子に会いに行ってたこと?それとも、これも俺に黙って王子を連れてきたこと?」


 食えないやつだ、と思った。態度こそ飄々としてはいるが、やはり少しはお怒りのようだった。

 そうね、と小さく呟いて、キンスは目を伏せた。


「どちらも、かしら」

「はは、今日のキンスは正直だな。たまに素直だと気味が悪ぃぞ」

「はぐらかさないで」


 語気に不機嫌を込めるも、今度は気にしない様子でヴァンはケラケラ笑う。


「別に咎めやしねぇよ。まあ驚きはしたけど。ちゃんと上手くやっただろ?」


 それは、対面時の対応について言っているのだろう。確かに、それについては賞賛に値するものだったと思う。


「まあ、そもそも王子の存在を私に伝えたのはあなただもの。私が咎められる筋でもないわね」

「へ?」


 試すように零した言葉への相手の反応に、やれやれと肩を竦める。まさかとは思っていたが、本当に忘れているとは。

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