明日の約束

「えっと……、お邪魔してます」

「いいっていいって、気ィ遣わなくっても!普段通りにしてくれ!」


 明るくそう言って立ち上がる少年。軽く伸びをして、食卓へ向かうその背中を追いかけた。


「俺はヴァン。あんたは?」

「あ、ぼくはココ……だよ」

「ふーん、ココな。ヨロシク」

「うん、よろしくっ」


 木でできた小ぶりなテーブルに、同じく小ぶりな椅子。そのうち一つに座ったヴァンは、ココにも座るように促した。素直に相手の対面に着席すると、にやにやした視線が真っ直ぐに飛んできた。


「キンスとはどこで知り合ったの?」

「あ、ぼく、お城に住んでて……キンスが遊びに来てくれたんだ」

「お城、って」


 その言葉を聞くや否や、ヴァンの目が丸くなる。その視線がキッチンの方に向くが、キンスは素知らぬ顔でグラスに飲み物を注いでいる。


「もしかしなくても、王子様?」

「うんっ!あ、でもそんな凄いものでもないんだよっ」

「いやいやすげぇって!え、こんな夜に出歩いて大丈夫なのか?」

「え、それは……」


 何と返すべきか言い淀んでいると、トレーにグラスを載せたキンスが戻ってきた。縋るように視線を向けると、


「ヴァン。ココが困っているでしょう。その辺にしてあげて」

「へいへい――、っと。あれ、俺の分は?」

「客人じゃないんだから自分で用意しなさい」

「冷てぇ」


 言いながら、ココの前にはグラスが1つ運ばれる。トレーの上にはあと1つ、それはキンスの分のグラスのようだ。本当にヴァンの分はないようだ。


「夜遅くになったことについては問題ないわ。ちゃんと連絡もしてあるから」

(書き置きだけど……)


 キンスのフォローに心の中だけでそう付け足して、一先ず出されたグラスに口をつける。液体は透明だが、僅かに柑橘の香りがする。口に含むと、ほんのりとしたレモンの風味が心地よかった。


「暫くこの子はここに泊めるわ。文句はないでしょう?」

「ああ、構わねぇぜ。こんな暗くて何もない森でよければ」

「ううんっ、そんなことないよ!ありがとう、ヴァン!」


 お礼とともに、心からの笑顔が零れた。

 やっぱり変な人ではなさそうだ。明るくて、面白い。ああやって軽口を言い合っているキンスも初めて見た。それだけで、ここに来てよかったと思えるのだった。


「あ、でもヴァン寝てたんだよねっ。ごめんね、起こして」

「ああ、気にすんな気にすんな」

「そうよ。どうせ昼間たっぷり寝ているんだから」

「はは、ご名答」


 苦笑いでキンスの言葉に返すと、しかし、とヴァンは窓の外へ視線を向けた。


「もういい時間だし、ここまで来るのに疲れただろ?夜の森は何もすることねぇんだ。早く寝て、明日一緒に探索しようぜ」

「探索……。いいのっ?」

「おう。とっておきの場所、教えてやる」


 そう言って、ニカッと歯を見せた。ココがグラスを空にしたのを見届けたのか立ち上がり、


「じゃあ、寝室はこっち。ベッドたくさんあるから、好きなの使ってくれな。お城のベッドには劣るかもしんねぇけど、寝心地はいいぜ」


 奥の階段を指した。案内してくれるようだ。


「キンスはまだ寝ないの?」

「ええ、私は少しやることがあるから。すぐに行くわ」

「そっか……。じゃあ、お先に、おやすみなさいっ」


 ココも立ち上がりつつ、キンスとそう言葉を交わすと、ぺこりと頭を下げた。


「ヴァンも、ありがとね」

「いいっていいって、気にすんな」


 朗らかにそう言うヴァンの案内で、寝室へと至る階段を上る。


(明日は森を探索かぁ……)


 いい天気だといいな、と思う。でも、もし雨が降っても、キンスやヴァンとおしゃべりをしていればいいのだ。

 お城とは違う。1人じゃない。そう思うだけで、心が弾むのをしっかりと感じていた。

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