誘惑とそして
「それに、1回でいいからキンスのお家にも遊びに行ってみたいんだ。キンスばっかり遊びに来てくれて、嬉しいんだけど、なんだか悪い気もするんだ」
昼は毎日何かしらの講義を受けている。どうしても会うのは夜になり、キンスの帰りは遅くなる。箒で空も飛べ、魔法が使えるとはいっても、やっぱり夜の森は危ないんじゃないかと、これも本で得た知識のみで考えていた。
「家に来るだけなら、そう難しいことでもないわよ」
そう言うと、キンスはちらりと窓に立てかけられた箒へ目配せをした。
「あの箒、2人くらいなら乗っても飛べるのよ」
少し狭いけどね、と付け加える。その様子を見たココは、ぽかんと口を開けて目を瞬かせた。キンスが何を言わんとしているのか、何となく分かってしまったのだ。
「だ、だめだよ。ちゃんとお父さん達に相談しないと」
「そうね。でも、それで許可が出るのかしら。出なかったら、それであなたは諦めるのかしら」
痛いところを突かれて押し黙る。正直な話、許可が出るとは思えない。それどころか、実はこうしてキンスと会っていることすらお城のみんなには内緒にしていた。話したら、もう会えなくなるんじゃないかと思って。
しかし、許可を貰おうとするからにはキンスのことを話さなければならない。最悪、許可は降りず、キンスにも会えなくなる、そんな末路だって有り得るだろう。
「ココ。お城から出たいのよね。でもずっと、我慢をしていたのよね」
「う、うん……」
「今まで頑張って勉強してきたんだもの。ちょっと羽を伸ばすくらい、いいんじゃないかしら?」
「……でも、そんなことをしたら怒られちゃうよ」
「その時は、私も一緒に怒られてあげるわ。でもね、ココ」
大きな赤い瞳に真正面から見つめられてどきりとする。思わず少し視線を逸らすと、追うように相手の言葉が続いた。
「我慢しているだけじゃ誰にも分からないわ。あなたはいい子だもの。そんなあなたの力に、私はなりたいのよ」
「キンス……」
「大丈夫。ちょっとだけ、よ」
いつもは冷ややかな口調に、何だかふんわりと温もりを感じ取った。ちらりと相手を見てみると、それでもいつものポーカーフェイスだ。
「……うん、分かったよ」
少し考え込んだ上で、首肯する。外に出てみたいのも、キンスの家に行ってみたいのも本当のことだった。
そして何となく、今を逃したらもう二度とそれは叶わないように思えたのだ。
「でも、お手紙書いてからねっ。何もなかったら、みんな心配しちゃうもんねっ」
あってもなくても心配させることに変わりはない気もするが、ないよりはましだろう。
大慌てでペンを走らせ、少し遊びに出かける旨を記す。そうする間にキンスはフードを被り、箒を片手にバルコニーへと向かっていた。
「おまたせっ」
その後を追いかけてココもバルコニーへ。キンスが横座りする箒に、真似して座ろうとしたら窘められた。
「あなたは初めてだから、ちゃんと跨って、そして私にしっかり掴まって。落ちないようにね」
言われた通りに座り直して半ば縋り付くようにキンスに身体を預けた。それを確認すると、行くわよ、とキンスが言った。その言葉とともに、両足が地面からふっと離れたのが分かる。
なるべく邪魔にならないように、しかししっかりとキンスにしがみつく。夜風が頬に当たる感覚はあるが、それが気持ちいいかどうかを判断する余裕はなかった。
無意識にきつく閉じていた目を開き、そっと後方を振り返る。そんなに長い間目を閉じていたつもりもなかったのだが、お城は随分遠くに離れてしまっていた。
悪いことをしているという自覚はあったが、それでも何だか少しスッキリしていた。初めての空の散歩。初めてのお城の外。初めての友達のキンスと一緒に、これから見たことのないところに行くんだと思うと、お城のみんなには悪いけれど何だかわくわくしてきた。
振り返るのはもうやめて、前を向くと綺麗な夜空が広がった。淡く輝く見事な満月を見ていると、自然と笑顔が零れるのをココは感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます