蛙の王子様

「いばら姫……。ああ、糸車の針に刺されて、お姫様が眠りにつく……だったかしら?」


 あれからキンスは、満月の夜に遊びに来る。もう何度目だろうか。いつの間にか、次の約束をせずとも満月の晩を楽しみに待つようになった。

 バルコニーから自室に招き入れられたキンスは、特に居心地悪い風もなく行儀よく椅子に腰掛けている。ココもその向かいでニコニコと、先程まで読んでいた本のページを開いたのだった。


「そうそう!100年も眠りについたままだったんだよ!お城の人も、みーんな!」


 まずはココが最近読んだ物語の話をするのが決まりのようになっていた。ココにとって、友達に話す話題として適したものが他に浮かばない。計算や宗教の勉強の話なんて、きっと聞いてもつまらないだけだろう。


「100年……、気の長い話ね」

「でも、呪いにかかってなかったら、100年も後に生まれる王子様に出会うことだってなかったんだ。すっごくロマンチックだよねっ」


 呪われることなく普通のお姫様として一生を終えたとしても、たくさんの妖精から祝福を受けたいばら姫は幸せだったんだろうとココは思う。けれど、100年眠りについて目覚めたあとの方が、きっともっともっと幸せに過ごせたんだろうとも思っていた。

 だって、100年も待ったんだから。損得の話ではなく、きっとそうに違いないと確信をしていた。


「ココは、物語の中の王子様みたいになりたいんだったわよね」

「うん!そのためには、まずはお姫様を幸せにできるような、立派な王子にならないとねっ」

「それで、毎日お城にカンヅメでお勉強というわけ。その向上心と勤勉さ、ヴァンに分けてあげたいくらいね」


 ヴァンというのは、キンスの言っていた兄のことだ。本当は血の繋がりがなく、ただ一緒に暮らしているだけだとも言っていた。でも、本当のお兄さんのように仲が良く、森の家では楽しく過ごしているのだとも。


「ヴァンって、普段はどんなことしてるの?」

「すぐ姿をくらますから、把握はしていないけれど。……まあ彼のことだから、暖かい日向で昼寝でもしているんじゃないかしら」

「森の中の日向でお昼寝……。うわあ、何だかとっても気持ちよさそうだね……!」


 森どころか城からも出たことはないのだが、お日様の下でお昼寝というものには何だか憧れのようなものを覚える。そりゃあ、ふかふかの布団に包まれて眠るのだって気持ちがいいものだけれど、それとは違う心地よさを味わえるような気がするのだ。


「ぼくも、早く大人になれば、お城から出られるんだけどな……」


 外の世界を知るのは大人になって自分の足で行うべきで、子どもの内は知識を蓄えろというのがこの城の教育方針だった。外には危険も多いから、と剣術や護身術だって習ってはいるものの、そちらの成果は芳しくないのでやはりお城から出るのは随分先の話になりそうだ。


「大人……そうね。でもココ、それまでずっとお城から出ずに、お勉強だけしていたいわけでもないんでしょう?」

「うん。やっぱり、お城の外は見てみたいよ。百聞は一見に如かず、なんだよね?」

「いい言葉を知っているのね。感心だわ」


 勿論日頃の勉強の賜物だ。しかし、古い言葉を学べば学ぶほど、外に出ずにじっと勉強をしていることが本当にいいことなのか分からなくなる。百聞は一見に如かず、というのもそうだ。井の中の蛙大海を知らず、という言葉もあっただろうか。そうはなりたくないと思うが、今の自分はまさに井の中の蛙なのかもしれない。

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