第2話・Trabaje(仕事)

「こんにちは~。お薬の配達に参りました〜」

 挨拶をしながら診療院の扉を開けると、カランカランと軽やかな鐘の音が響いた。

 その音に反応して、椅子に座る老人の側に膝をついて会話を交わしていた白衣の男性が振り返った。

「ウェルチさん、こんにちは」

「若先生、こんにちは」

 若先生と呼ばれた白衣の男性は穏やかに微笑む。この町唯一の診療院を切り盛りしているのは、ウェルチの目の前の若先生と、その父親の院長先生、そして数名の看護師たちだ。

 院長先生は若い頃は国中を旅して回った腕利きの医者だというのは、生前のウェルチの祖母の話だ。同じく各地を巡っていたウェルチの祖母とは顔を会わせる度に酒を酌み交わす戦友のような仲だったらしい。院長先生に尋ねても笑ってはぐらかされるので真偽の程は不明だが、腕が確かなのは間違いない。

 なにせ、この先生に診て貰うためだけにこの町を訪れる人もいるくらいなのだから。

「おお、ウェルチちゃん。久しぶりだねぇ」

 若先生と話をしていた老人がふにゃりと笑う。

「お久しぶりです。この間挫いてしまった足の具合はどうですか?」

「若先生に診て貰ったし、ウェルチちゃんの薬もちゃんと塗ったからねぇ。お陰さんで散歩できるようになったよ」

 その言葉に、ウェルチは嬉しそうに笑う。

「それはよかったです。でも、治りかけが肝心ですから、無茶はしないで下さいね?」

「ふふ、分かってるよ」

 ウェルチは老人と言葉を交わしつつ、肩掛けの鞄を下ろして近くのテーブルに置こうとする。その手から、若先生がひょいと鞄を取り上げた。

「あれ?」

「いつもの薬ですよね。わたしが持ちましょう」

「わわ、すみません。ありがとうございます」

 ぺこんと頭を下げるウェルチに、若先生はにっこりと笑う。

「……それにしてもこれ、随分と重いですね」

「す、すみません。それ、酒瓶が重いんだと思います。みなさんおいしいと飲んでくれるので、ついたくさん持ってきてしまって……」

「ああ、なるほど。この前、友人の家でウェルチさんの果実酒をいただきましたが、確かにとてもおいしかったですよ」

「本当ですか!? えへへ、嬉しいです。あ、よかったらお一ついかがですか? いつもお薬ご贔屓いただいてるので、サービスしますよ?」

「お、ウェルチちゃんのお酒~。いいよねぇ、わたしも大好きぃ」

「わひゃっ!?」

 いきなりがらりと開いた扉とかけられた声に、ウェルチは思わず声をあげた。

「ありゃ? 驚かせちゃった~。あっはっは」

「い、院長先生!」

「父さ……先生!」

「すまんね~。酒って聞こえたから、つい~」

 そう言って朗らかに笑うのは、薬の保管室からいくつかの薬を持って出てきた院長先生だ。

 ウェルチはぺこりと頭を下げた。

「こんにちは。変な声をあげてしまって、すみません。頼まれていた品をお持ちしました」

「いやいや。いきなり声かけたこっちも悪いしねぇ。ところで、お酒は梅酒がいいなぁ~」

 楽しそうな顔と口調の院長先生に釣られて、ウェルチも微笑む。

「あ、あります。お薬と一緒にお渡ししますね」

「うん。息子に渡しといて。じゃあ、わたしは診察の時間だから、いつもありがとね、ウェルチちゃん」

 じゃーねーとひらひらと手を振りながら、院長先生は軽快な足取りで診察室へと向かっていく。

 亡くなった祖母よりも年下とはいえ、院長先生もそれなりの年齢のはずなのだが、行動力や活動量からはとてもそうは見えない。

 凄いなぁと思いつつ手を振るウェルチの横で、若先生がもう父さんは……とでもいいたそうな表情でため息をついている。思わず小さく笑ったウェルチに、若先生は苦笑を向けた。

「……では、薬の確認と……次回の発注もお願いします」

「はい」

 ウェルチは微笑んで頷くと、若先生とともに保管室に入っていった。


 一仕事を終え、診療院を後にしたウェルチはこの町の中心部にある噴水広場にやって来た。いつもここでお酒や茶葉を売っているので、ウェルチの姿を見かけた人が広場に集まってくる。

 そうして数十分後には、ウェルチの持ってきた荷物は空になっていた。そのかわり、鞄の中は物々交換で得たの魚や肉の燻製や干物などでいっぱいになっているのだが。

「……ウェルチ、終わった?」

 そんなタイミングを見計らったかのように声をかけてきたのは、ウェルチと同じ年頃の少女だ。ウェルチの顔が綻んだ。

「ジーナ。うん、終わったよ」

 この町で一番の友人のジーナは、ウェルチと同い年の少し気の強そうな印象の少女だ。

 ジーナはウェルチの荷物をのぞき込み、瞬く。

「……その荷物の様子を見ると、そうみたいね。それにしても、いつもながらすごい荷物ねぇ。……あ、ウェルチ。あんた、まだ時間あるわよね?」

 ジーナの問いに、ウェルチは小さく首を傾げた。ウェルチが町に来たときは、仕事の後に一緒にお茶を飲むのが習慣になっている。改めて時間があるかどうかを確認されたことなど、ほぼないに等しい。

「うん、大丈夫だよ」

 不思議に思いながらそう答えると、ジーナは満足したようにひとつ頷き、まじめな表情でこう言った。

「あんたに話があるのよ」

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