Big Girls Don't Cry その⑧

──後日


「それでね、ヒューゴさんとこの鶏の卵がかえったんだって! ひよこさんがすっごく可愛いいから見に来なさいだって!」

 ウィルマは居間でクロウの髪を結ってポニーテールにしている最中だった。

「そうかいそうかい」

「早く見に行かないと、ひよこさんはすぐに大きくなっちゃうからっ」

「そうだね」

「……できたっ」 

 クロウは自分の頭をなでながら言う。「いい感じじゃないか」

「クロウ、すごい可愛いよ!」

 クロウは可愛いかねと苦笑する。

「ずっとそれでいなよっ。ね、お父さんっ」

 ジョージは「うん、とても似合ってるよ」と、ほほ笑んだ。クロウもほほ笑む。どこかふたりはぎこちなかった。

「さてと……」

 クロウが立ち上がった。

「どこに行くの?」

「ちょいと野暮用があってね、出かけてくるよ」

「じゃあわたしも……」

「薪を割っておいてくれ、今度は独りでできるよな」

「……うん」

 クロウは外に出る。振り返ると親子が立っていた。ジョージの顔は室内で影がかかってよく見えない。おそらくあの時と同じような顔をしているのだろう、そう思っていたが、一歩前に進み出て、光の中に出てきた彼の微笑みを見た時、クロウは彼が思っていたのとは違う感情を持っていることを知った。

「……どれくらいで戻ってくる?」

 ジョージが訊ねた。

「……すぐに戻る」

「待ってるよ……。」

「ああ……。」

 すべて偽りの約束事だった。約束を破ったことは知られてしまうな、とクロウは思った。

 クロウは村を出る。村の入り口にはアルトリアがいた。

「村にはあんたのせいで盗賊団がきたって言ってる連中もいる。……でも、あたしにとって……あんたは命の恩人なのだわ……。だから、その……何と言っていいか……。もし残ってくれるんなら……。」

「でも正直、出ていってくれて清々するだろ?」

「なっ……」

「惜しまれて別れるのは遠慮願いたい」

「……ばかだね」

 クロウはそうして村を出ていった。

 こうして彼女は一人旅に戻った。そうすることで、少し安心するところもあったのかもしれない。すでに、男の悲しみや喜びを分かち合うようになり始めていた。結局、自分は独りに頼むしかないのだと言い聞かせる。

 夜になり、知らない土地を歩くクロウ。暗くなる前に寝床を見つけたかったが、良い場所が見つからなかった。納屋のある民家を訊ねても、大体よそ者は拒まれる。誰も使っていない廃屋はいおくは、ごろつきや物乞いがアジトや寝床にしている場合があるからかえって油断ならない。

 クロウは仕方なく、その土地の名士の墓場らしきほこらで夜を越すことにした。祠の狭い石畳の隅でクロウが寝る準備をしていると、足音が近づいているのに気付いた。クロウはとっさに構え、刀に手を添え抜刀の準備をする。

「……誰かいるのか?」

 祠の外で男の声がした。

「……旅の者だ。一夜だけここを借りてる。お前さんこそ何者だ?」

「あたしゃここの墓守はかもりだよ。……女ひとりか?」

「問題が?」

「別に……一夜だけってなら良いだろう。明日には出ていってくれよ」

「分かった」

 足音は去って行く。クロウは足音が完全に聞こえなくなるまで、刀の鞘を握り続けていた。

 深夜にはまた雨が降った。冷たい雨だった。クロウは寒さで目を覚まし、体を縮めて、抱きしめるようにして体の熱を守る。

 ふと、クロウは数日前の体の暖かさを思い出した。うっとりするような暖かさと心が安らいでいくあの感覚。寒さは寂しさへと変わっていた。

 翌日、クロウはまた旅立った。今日たちよった村には旅籠屋があった。クロウは旅籠屋はたごやの食堂で昼食を済ませる。

「聞いたかよ、大変らしいな」

 後ろの席では男たちが世間話をしていた。

「何がだい?」

「隣の山の石切り場で事故が起こったんだよ」

 隣の山? どうやら、方向音痴の彼女は、保安官の言っていた迂回する道をいき、遠回りをしてジョージたちの村の近くにたどり着いたようだった。

「どれくらい大変なんだよ?」

「いや、山崩れらしくってな。もう死人出てるらしいぜ?」

「ひでぇなおい」

 クロウは椅子をはねのけるように立ち上がった。男たちがクロウへ振り返った。

 クロウはジョージたちの村の方に戻り、人づてに聞いた、今回の事故で怪我人が搬送されているという街の病院へと向かった。ジョージはすぐには動けないが、怪我程度で死んだらしい。彼女の手には見舞い用の花束と、自分のサインをした婚姻届けがあった。髪は以前にウィルマにやってもらったようにポニーテールに束ねられていた。

 病院に入ると、クロウは看護師に病室を訊ねる。病室に向かう途中、部屋の中からは少女の泣きき声が聞こえた。クロウは少女との約束を破ってしまった事を思い出し、罪悪感で足が重くなった。

 何と釈明すべきか悩むクロウ。花束を差し出し「花を摘んでたら時間がかかってしまった」というジョークで許してくれるだろうか、などと考えていた。

 クロウは覚悟を決めて部屋をのぞき込む。中ではウィルマが大粒の涙を流して泣いていた。

 早くそばに行ってあげないと、そう思うクロウだったが異変に気付いた。少女は泣きすぎだった。怒っているような、嬉しがってもいるような顔だった。クロウにはその片鱗へんりんさえも見せたことのないような表情だった。

 クロウはさらに奥へとのぞき込む。そこには、ジョージの寝ているベッド、そしてウィルマ似の女性が立っていた。ウィルマが成長すれば、きっとああいう大人の女になるのだろう顔つきだった。その女性は何度もウィルマを慰め、そしてウィルマは女性に抱きついてスカートのすそを涙と鼻水で濡らしていた。

 ジョージはそんなふたりの光景を暖かい顔で見守っていた。最後にクロウが見た男の笑顔だった。

 クロウはきびすを返すと病室を後にした。そして看護師が運んでいたゴミ箱に花束を捨てた。

 看護士が言う。

「ミセス、もうご用事はいいので?」

「ああ、もう済んだよ」

 クロウは首を傾けて笑った。

 病院を出ると、クロウはポニーテールをほどいた。

 しばらく歩くクロウ、ふり返っても病室が見えなくなるほど行くと、彼女は懐から婚姻届けを取り出した。

「ミセス・ブランズ……」

 クロウが宙で婚姻届けを手放すと同時、風に乗った婚姻届けの真ん中に、銀色の光線が走った。

「まんざらでもなかったんだけどね」

 クロウは納刀する。ふたりのサインが記された婚姻届は分かたれ、その切れ端は別々の道へと流されていった。


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