Big Girls Don't Cry その⑦

「おい、お楽しみのところ悪いが仕事だ!」

 ミゲルが叫んだ。

 サミーが「そもそも楽しもうとしてんじゃねぇよ」と呟く。

 クロウの姿を見るなり老婆が言う。

「あら安産型ね、あの方も良いんじゃない? チャロン?」

 殺されている保安官たちを見てジョージが言う。

「……酷い。お前たち、アルトリアは無事なのか!?」

「お前らの態度次第だ」

 ミゲルが答える。

 森の中からアルトリアを連れたチャロンが現れた。アルトリアの服はズタボロになっていた。

 クロウがジョージよりも前に出ながら言う。

「お前らの目的は私だろう、その女は関係ない、解放しろ」

「いいだろう。だが念には念だ、武器を捨てろ」

「無関係だと言ってるだろう!」クロウは声を荒げる。「そんな知らねぇ女のために武器を捨てると思うかっ?」

 口調が激しくなりつつあるクロウにジョージはうろたえる。

「ク、クロウ落ち着いてくれ……。お前たち、まずアルトリアを解放してくれ。クロウの言う通り、彼女は無関係なはずだっ」

「うるせぇ、お前らがカードを選ぶな! 選択肢を用意すんのはこっち、全員死ぬか全員死ぬかもしれないの二択だボケ!」

「お前らも死ぬという意味か?」

 クロウはわらった。

「なにぃ?」

「ぼくが残るっ、だから保安官を解放してくれ」

 ジョージは言った。

「何でテメェが残るんだ? テメェだって無関係だろ?」

 ミゲルが言った。

「ぼくは……彼女の夫だからだ」

 クロウが余計なことをという顔で「ジョージっ」と言った。ミゲルがそれを聞いて「ほう」とほくそ笑んだ。

「あら、お手つきだったのねぇ」

 老婆がチャロンを見ると、息子は「中古はいらない」と言った。

「……家庭問題は他所でやってくれ」

 ミゲルはうんざりしていた。

「なぁお前たち、これじゃらちが明かない。ここは折衷案せっちゅうあんといこうじゃないか」

 と、クロウは言った。

「何だそれは?」

「“折衷”が分からないか? 互いに間を取って折り合いをつけようって意味だ。もしかして折り合いも分からないか?」

「とっとと話せ!」

「その女がこちらに来る。私もそちらに向かう。途中ですれ違う時に、私の武器をその女に預けるってやり方だ」

「……良いだろう」

「ダメだクロウ、やっぱりぼくが……」

 ジョージが引き留めようとする。

「一晩抱いたくらいで私が自分のものになったと思ったか。お前さんが一番無関係なんだよ」

 クロウはわざとらしく強めに鼻で笑った。

「クロウ……。」

「なんだ、夫婦喧嘩かぁ?」

 ミゲルがめんどくさそうに耳をほじる。

 クロウはジョージの視線に胸を痛めながら歩き始めた。

 ミゲルはサミーに目配せをする。サミーはアルトリアを解放した。

 近づくクロウとアルトリア、すれ違う前にクロウは腰の刀を鞘ごと抜き出そうとする。 

「ふん……」

 ミゲルはその光景をみて少し安心し、真反対にいるジョージはひたすらうろたえていた。

 いよいよすれ違おうという時、クロウはアルトリアに囁いた。

「足が千切れて走れなくなっても良いってくらいに……全力で逃げろ」

 そしてクロウは左手で鞘を握った状態でミゲルたちに駆けだしていった。

「な!?」

 すでに剣を抜いていたミゲルは走ってきたクロウに剣を振るう。左からの斬撃、クロウは左手に持った鞘を斜にしてを受け止める。クロウは受け止めた状態で抜刀してミゲルを袈裟で切り伏せた。鞘での防御と抜刀が一体になった攻撃だった。

 倒れながらミゲルが言う。

「約束を……破りやがったな」

「……約束を破ることの不都合は、約束を破ったことを知られることだ。だがお前らはここで死ぬ。私には何の不都合もない」

「くそったれ!」

 サミーとチャロンが抜刀する。

 クロウがサミーに言う。

「せっかく拾った命をここで無駄にするのか」

「こ、このアマぁ……。おいチャロン! 何のためにお前を雇ったんだ! さっさといけこの馬鹿!」

 チャロンがムっとする。

「馬鹿だなんて、チャロンに謝ってちょうだいっ」

「言ってる場合か!?」

 チャロンは双剣を振るいながらクロウに迫った。

 クロウはチャロンの剣技に面をくらい防戦に回る。

(でたらめだ、我流過ぎる。こいつ、自分がやられるとは考えないのか?)

 まるで駄々っ子のような戦い方だった。思い切りを通り越した無鉄砲な戦い方だった。

 クロウはベタ足をやめ、つま先で重心をささえる。そして母指球(足の指の付け根)で体重をコントロールして小刻みにチャロンの右へと回りつづける。クロウの狙いは、自分の正中線(人体の縦をまっすぐに通る線。急所が位置する)をチャロンからそらし、逆にチャロンの正中線をとらえること、そしてチャロンの双剣を片手のみの動きしかさせないことだった。

 双剣を存分に活かせないチャロンに対して、クロウは小さく素早い斬撃でけん制する。老婆が手を合わせながら、その戦いを背後で見ていた。

 ムキになったチャロンはいら立ちで唇を歪めて連続で攻撃する。いよいよ雑になっていた。クロウは手首と膝の力を抜いて、そのチャロンの攻撃を受け流す。チャロンがいくら攻撃しても、クロウの刀は柳のように弾かれることなく、正眼(剣道の一般的な、切っ先を相手に向ける中段の構え)の構えを取り続けた。

 業を煮やしたチャロンが大きく剣を振る。クロウはそれも刀で受け流す。流されたクロウの刀は反動を利用し、体制の崩れたチャロンの首筋を切り裂いた。刀を弾かれた勢いを利用してのカウンターだった。チャロンの首から鮮血が飛びちる。

「チャロン!」

 老婆が叫んだ。

 さらにクロウは体勢を低くしてからの横なぎで、チャロンのすねを切った。首の深手と足の深手、勝負ありだった。

「な……なんだ……負けやがったの……か?」

 サミーが呆然ぼうぜんとして言った。

 倒れるチャロン、クロウはチャロンを見ながら刀を振って血を払った。

 クロウは老婆を一瞥して言う。

「まったく……母親の前で息子をやるってのは胸糞が悪いな……。」

 老婆は祈っていた。息子のために祈っているのだろう。クロウがそう思っていると、老婆の首から血が噴き出してきた。刃も当てていないのに、老婆は突如として激しい裂傷を負っていた。

「なに!?」

 口から血を流しながら老婆が言う。

「チャ、チャロン、もう大丈夫……よ」

 クロウは背後に気配を感じる、ふり返るとチャロンが立っていた。

「馬鹿な……!」

「き、禁呪法かよ……。」

 サミーが言った。

 禁呪法は法術とは違い外法に属する、世の理を捻じ曲げた術だった。転生者の祝福に近いが使用者にいびつな代償を求める。さらに老婆の首の傷はすぐにふさがり、血が止まっていた。

「なるほど、お袋さんが再生者リジェネレーターで、息子の怪我を負担するってやり方か」クロウは言った。「たしかに、それなら聖職者やエルフしか使えない治癒術ヒーリング真似事まねごとができる。だがそれなら最初から息子を……。」

 怪我が治るとともに、老婆の髪の半分が白髪になっていた。

「母の愛ってやつか……。」

 どうやら、チャロンの母の外見は年相応ではないらしい。

 チャロンが再び双剣を振るいクロウに襲いかかる。細かなステップでクロウは剣を避け機をうかがう。

(どうする? このままだといつかこちらが傷を負う。急所を一撃で貫けば、流石のリジェネレーターでも……。)

 回転しながらの双剣での袈裟切り。避けるクロウ。振り抜いた後からの切り上げ、クロウが上段切りでそれを受け止める。

 チャロンは腕を伸ばして剣を押し込もうとする。クロウはチャロンの力の流れを読み、刀と剣を接触させた状態で、刀を小さく回してチャロンの剣の切っ先を反らし、さらに刀をチャロンの胸元に突きつけた。反っている刀の形状を利用した、接触した状態からのカウンター。攻撃していたはずのチャロンは、またも反撃を受けていた。

 しかし、チャロンも少しはクロウの剣筋を読めるようになっいた。寸前で体を引き、クロウの刀は胸元から3センチほど離れていた。

 だが、チャロンが見なければいけないのはクロウの切っ先ではなく、足元だった。彼女の足は、左の後ろ足が半歩分狭まっていた。

 クロウは右の前足をすり足で前に出し、右腕と肩を伸ばして半身になり、後ろ足を捻る。それらの動作を一度に行うことで、伸ばした刀の切っ先にクロウの全体重が乗った。


“陰陽流 陽式秘太刀 一寸間ノ刺突撃 ─射光─”


 短い距離での瞬間的な体重移動を利用しての突きだった。僅かな間合いしかなかったものの、刀はチャロンの心臓を貫いていた。

「ッ!?」

(これでどうだ!?)

 これまでの戦いの癖で、肉から刃が抜けなくなることのないよう、クロウは刺さった刀をすぐに抜いた。しかし、この場合は彼女はそうするべきではなかったかもしれない。

「しまっ……!」

 チャロンにタックルで抱きつかれていた。怪我はすぐに母親に移動し、チャロンは無傷になっていた。老婆は胸から出血をし、またも口から血を吐いていた。

 そんな母の状態にお構いなしのチャロンに押し倒されるクロウ、辛うじて馬乗りされるのを防ぎ、両足の間でチャロンの胴を挟んだ。

 チャロンは双剣を手に取ると、クロウの顔に何度も剣を振り下ろす。クロウは首を左右に動かし、また足でチャロンをコントロールしながらそれをかわしていく。肩や首の皮膚を剣で切られ、クロウはうめき声を上げる。

「クロウ!」

 ジョージが落ちていた剣を拾い、クロウに加勢しようとした。

 しかし、そこにサミーが立ちふさがる。

「おっと、何しようってんだ? の真っ最中じゃねぇか、邪魔してやんなよ」

「く、くそ……。」

 剣士ではないジョージは、負傷して片手のサミーにも勝てそうになかった。

 チャロンはクロウの首の両端に双剣を突き立てた。そしてそれを交差させ、ハサミのようにして首を切り落としにかかる。

「ふぅ! ふぅっ!」

 興奮して前のめりになるチャロン、腰が大きく浮いたことをクロウは見逃さなかった。

「ぶぐぅ!?」

 チャロンは飛び跳ねるようにしてクロウの体から身を離し、地面の上でのたうち回る。クロウがチャロンの股間を思い切り蹴り上げていた。

は……さすがに移動できないよな」

 クロウは老婆を見るとにやりと笑った。

 クロウは立ち上がり刀を拾い、チャロンは口から涎をたらしながら起き上がる。

「っ!!」

 クロウの飛び跳ねるかのような片手での面突き。チャロンは左手の剣で受け止めた。

 チャロンの横なぎ。クロウは体をの字に曲げてそれをかわした。

 お互いの得物がぶつかり合う音、空を切る音が絶え間なく響いていた。

 チャロンも筋は良いらしく、戦えば戦うほどクロウの動きに対応し始めていた。

 クロウの横なぎ、チャロンは双剣を交差させてそれを受け止める。

 チャロンは刀を挟んだ状態で、双剣を滑らしクロウに迫る。

 押し込まれたクロウは、片手で刀を維持して、チャロンの右の剣の柄を握った。

 クロウが体全体を使って柄を捻る。チャロンの右手首の関節が逆を向き、彼の手から剣が奪われた。

「っ!?」

 チャロンは一瞬だけ体勢を崩す。

 持ち直そうとした時、ハサミのように、刀と奪われた剣が彼の首で交差していた。

 クロウが腕を広げると、彼の首と胴は完全に分かたれた。

 チャロンの首が地面に落ち、その後首を失った胴体が膝をついた。

「「……あ」」

 老婆とサミーが同時に言った。

「リジェネレーターといえど……」

 クロウは刀を振って血のりを払う。

「首が切り落とされてしまったらどうしようもないんじゃないのか?」

 しかし、老婆はまたもや祈り始めた。

「……たいした母の愛だな」

 老婆は悲壮感ただよう声で言う。

「チャロンに伝えて……“あなたは生きて”と……。」

「それくらいならお安い御用だ」

 それを聞くと老婆の首が落ちた。老婆の髪は総白髪になっていた。

 クロウがチャロンを見ると、彼は再び立ち上がっていた。

 チャロンは魂の抜けたような足取りで母の下へ向かうと、母の亡骸をしばらく見つめていた。

 チャロンはクロウをふり返り、双剣を手にしたままクロウに向かって行った。足取りは魂の抜けたままだった。

「お袋さんからの言伝だ、お前さんは生きて欲しいと」

 クロウはチャロンに背を向けた。もう戦う意思がないことを見せるためだった。

 しかし、チャロンはクロウに迫り続けた。

「……伝えるには伝えたんだぜ、マダム」

 クロウは刀の柄をつかんだ。

 背後からクロウに剣を振り下ろすチャロン。

 振り向きざまに避けつつ、クロウは居合切りでチャロンを切り伏せた。

「……親不孝もん」

 倒れるチャロンにクロウは言い放った。

 クロウがふと顔を上げる。

 視線の先にはアルトリアに上着をかけているジョージの姿があった。ふたりとも、彼女を恐ろしい怪物を見るような目で見ていた。

 クロウは自分の手を見て、そして顔をぬぐった。彼女は返り血で染まっていた。

 その後、逃亡していたサミーは自警団に捕まり、ひとつの盗賊団が壊滅した報せが村に広まった。

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