Big Girls Don't Cry その⑥

──少し前


 村へ向かう荷馬車、そこには四人の男女がのっていた。奇妙な組み合わせだった。馬の手綱を握っているのは、頭頂部が禿げているが前髪が残っているたれ目の男だった。眉も垂れているので穏やかな面相にも見えるが、眼光は険しかった。そして、その隣にいるのは右腕を包帯でぐるぐる巻きにしている、数日前にクロウに斬られた男だった。

 荷台に乗っているのは、そんなふたりとは組み合わせの経緯が分からない、老婆と青年だった。

 老婆は60代の半ばくらいで、白髪交じりのくしゃくしゃの髪を後頭部で団子状に束ねていた。しかし老婆というものの、全体的な雰囲気はどこか若々しい所があった。青年の方は20代前半くらい、びっしりとしたやや斜めに切りそろえた前髪が眉を覆っている。目が大きく黒目も大きい。ぱっと見は、人から好印象を抱かれそうだった。ケープをまとっていて、両の腰からは剣の柄がのぞいていた。

 青年は骨付き肉を表情の乏しい顔で貪っていた。老婆はそんな青年を大きな瞳で愛おしそうに見ている。

 青年がチキンを食べ終わると、老婆は青年の口を白いナプキンでぬぐおうとする。しかし、青年は不機嫌な声を上げて顔をそむけた。

「チャロン、これを羽織りなさい」

 そう言って、老婆は自分が羽織っていた肩掛けを青年・チャロンに着せようとする。しかし、チャロンはそれを手ではじいた。

「これからお仕事をする、大切な体なんだから」

 老婆は強引に肩掛けを着せる。チャロンは不満げな顔をしていた。

 次に老婆は水筒を取り出して、カップに液体を注ぐ。黒っぽい緑色をした液体だった。

「……チャロン、これを飲みなさい。健康にとってもいいのよ」

 言われるままにチャロンはカップを受け取りそれを飲む。老婆はその光景をキラキラした目で見ていた。

 そんなふたりのやり取りを背後で聞きながら、前の男たちは居心地の悪い思いをしていた。

 しばらくすると、チャロンが体をもぞもぞと動かし始めた。

「まぁ、やっぱり寒いのね」

 老婆がそれに気づいて、手綱を握っている男に言う。

「ねぇあなた、馬車をとめてちょうだい」

「なんだなんだ?」

お花を摘みに行くの」

 男が馬車をとめると、老婆はチャロンを連れて森の中に入っていった。

 負傷している男は、森の中に消えていくふたりを見ながら言う。

「……なぁミゲル、あれが“双剣のチャロン”って奴なのか? “ハリケーン”とも聞くが……ああやって毎回お袋さんがついてくんのか? 始末屋なのに?」

 手綱を握る男・ミゲルは言う。

「あのお袋を指して“息子使い”とも呼ばれてるな」

「だいたい、あいついくつなんだ? 母親も老けすぎてる、息子というより孫じゃないのか?」

「まぁ少し異様だが、腕はそこそこ立つらしい。あんなんだから、あまり依頼人はつかないらしいがな。心配か、サミー?」

「少しどころかかなり異様だ」負傷している男・サミーは言った。「それにそこそこ腕が立つ程度じゃ困るぞ。あの女、かなり使

「そうだな……何てったって、お前に預けた俺の部下が全員死んじまうくらいなんだから」

「うぐ……。」

「それに、いくら強くたって雇えなきゃ意味がない」

「そりゃそうだが……ん?」

 遠くから、村の保安官の一団が彼らに近づいてきていた。保安官たちは五人いた。その中のひとりに、ジョージの家を訪れた保安官・アルトリアの姿もあった。

「……面倒だな」

 サミーが言った。

 保安官は近づくなり、リーダー格の年長の男が訊ねる。

「お前らよそ者だな? いったい何の用だ?」

「うるせぇ、関係ないだろ」

 サミーが言った。

「なにぃ?」

「用事なんかないぜ」ミゲルが言う。「ちょいとここを通り過ぎるだけだ」

「だめだ、迂回うかいしろ」

 保安官は顎で反対の道を示す。

「あっちに、また別の道がある」

「ふざけんな天下の往来おうらいだ、お前らに指図なんかうけねぇよ」

 サミーが言った。

「保安官、俺たちは急いでるんだ。酷なこと言わないでくれよ」

 と、ミゲル。

「お前らに事情があるように、俺たちにも事情がある」保安官が言う。「今、うちはよそ者はお断りなんだ」

 若い保安官が首を突っ込む。

「特にお前らみたいな怪しい奴らはな」

 サミーが「なんだとう」と若い保安官にすごむ。

「なぁ、俺らは仲間を探してるだけなんだ。はぐれちまってね。みすぼらしい格好をした女なんだが……。ここ最近、お前らの村を訪れなかったか?」

 保安官たちは顔を見合わせる。

「知ってるってぇ顔だな?」

 ミゲルが言った。

 保安官たちは男たちに聞かれぬよう、距離を置いて会話をする。

「ジョージのところの女のことじゃないか?」年長の保安官が言う。「最近ここに流れ着いてきたらしいし……。」

「かもだわ」アルトリアが言う。「でも、あいつら、殺されてた強盗団の仲間っていう可能性もあるのだわ。だいたい雰囲気が怪しいし……。」

「……あら、どうしましたぁ?」

 そこへ、チャロンとその母が戻ってきた。

「ああ、もどってきたか」ミゲルが言う。「困っちまうよ。この方がた、俺らをならず者かなんかだと思ってるんだ」

「まぁ……。」

 老女という存在の無害さに、保安官たちの警戒心は解けつつあった。

「ミセス、この男たちはあなたのお連れで?」

 年長の保安官が訊ねた。

「そうですけど、いったい何かしら?」

「こいつらが、俺らをここから先に行かせてくれないんだ」

 と、サミーが言った。

「そうなんですね、困りましたねぇ……。」

 チャロンが五人の保安官の前に進み出た。

「何だお前?」

 若い保安官が言った。

「私の息子よ、チャロンっていうの」

 老婆の“チャロン”という言い方に、溺愛できあいした母の感情がこもっていた。

「はぁ……チャロン」

 保安官たちは老婆の様子に完全に気抜けしていた。

 しかし次の瞬間、チャロンは腰の双剣を抜き保安官たちに切りかかった。

「な!?」

 両腕を振り回すだけのような滅茶苦茶な剣だったが、急襲とチャロンのためらいの無い動きで、一気に三人が切り倒された。

 残る一人は袈裟を切られて倒れ、アルトリアは後ろ回し蹴りを腹部に喰らって悶絶して倒れた。

「な、何してやがる!?」

 突然のチャロンの行動にミゲルは仰天した。

「チャロン?」

「一人をここに残す。もう一人は村から女を連れてこさせる。来なかったら残った一人は殺す」

 まるで、独りごとのような言い方だった。

 言いたいことは分かるが、あまりにも突然だったのでミゲルたちは何も言えなかった。

「ま、まぁ……何て賢いのかしらぁ」

 しかし、老婆は息子に感動して体を震わせていた。

「こ、この子は天才だわぁ……」

 老婆はひと差し指を自分のこめかみにぐりぐり当てる。

「こんな一瞬でこんな機転が利かせるなんて……なんて素晴らしい剣士なんでしょう」老婆は死体の間を通り抜ける。「それに、一瞬でこれだけの人数を片づけるなんて……最強よお、まさに“ハリケーン”だわぁ、きっとあなたならあのアンチェインだってやっつけたはずなのに……時代が違ったのは神様のいぢわるねぇ」

 老婆は懐からハンカチを取り出し、チャロンの顔についている返り血をぬぐう。

「可愛い顔が台無しだわ」

「それで……」気を取り直したミゲルが言う。「どっちを残すんだ?」

 チャロンがちらちらとアルトリアを見ていた。その視線に気づいた老婆が言う。

「女性の方にしましょう、人質にするのが楽だわぁ」

「ああ、まぁ、そうだな……。ほら、とっとといけ!」

 ミゲルが深手を負ったが辛うじて生き残った保安官の尻を蹴とばす。保安官は悲鳴を上げて村へと走っていった。

「う……。」

 男たちの視線に気づいたアルトリアが、呻きつつ背を向けて逃げ出そうとする。

「逃がすかよぉ!」

 ミゲルはアルトリアの髪をつかんで引き倒した。

「ああ!?」

 さらにミゲルは足を上げてアルトリアを足蹴にしようとする。

「おやめになって!」

 老婆が言った。

「なんだぁ?」

「その女性は、チャロンの子供を産む大事な方なのよ?」

「……は?」

「ねぇあなた」

 老婆はアルトリアに近づく。

「チャロンを見て何か特別なものを感じない? 例えばそう……運命のような」

「何を言ってるの……?」

 アルトリアは老婆の剣幕に倒れたまま後ずさりする。

「あなた、よく見て? チャロンはとってもハンサムでしょう。まるで鹿のような美しい瞳をしているわぁ。それにチャロンはとっても優しいの。女性に手をあげたことはないのよ? 少なくともわたしは殴られた事なんかないわ」

 老婆はチャロンを見る。チャロンはそっぽを向いたまま、ちょくちょくふたりに視線を送っていた。

「こいつは傑作だ」ミゲルがあざ笑う。「これから手籠めにしようってのを、女に交渉してお願いすんのか」

「野蛮な言い方はやめてちょうだい。わたしは本当にこの方にチャロンのお嫁さんになって欲しいのよっ」

「……まじか」

 老婆は「ねぇあなたどうかしら?」とアルトリアに問う。アルトリアは必死に首をふる。

「だいじょうぶ、結婚は慣れよ? そりゃあ最初は不満に思うこともいっぱいあるかもしれないけれど、いったん子供を生んでしまえば愛おしくってたまらなくなるわ。わたしがそうだったようにねぇ」

 老婆はアルトリアの体を見ながら、「もう少し食べた方が良いわね、やせ過ぎよ」とほほ笑む。やはりアルトリアは首をふるばかりだった。

「そう……残念ね」

 老婆はウィンクをして手を合わせる。

「じゃあせめて、子共だけでもお願い……ね?」

 すると、チャロンがアルトリアの服をつかみ、森の方へと引きずり始めた。

「きゃ、きゃあああ!」

 アルトリアが叫ぶと、チャロンは彼女の頭をはたいた。

「あらあらチャロンはわたしには優しいのだけれど……。」

「結局同じじゃねぇか」

 ミゲルがその様を呆れて見ていた。

 そしてチャロンは森の奥へと入ると、アルトリアの服を強引に脱がし始めた。その様子を老婆が心配そうに見ている。

「けっ、きちんとできるか心配かよお母ちゃん」

 サミーがミゲルに悪態をついた。

 抵抗するアルトリアに何度も平手を見舞うチャロンに老婆が言う。

「あ、あんまり殴ってはだめよチャロンっ、女性が感じないと子供ができないってお前のおばあさんが言ってたからっ」

「俺たちはいったい何を見せられてるんだ……。」

 ミゲルが言った。

「……ん? おい、ミゲル、来たぞ、あの女だ」

 遠くから、クロウとジョージがやってきていた。

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