不滅の愛と泡沫の花 その⑤

    ※


 その夜、傷頭が手下たちを走らせクロウの行方を探っている間、ルシャンは傷頭たちが縄張りにしている酒場で酒を飲んでいた。

「いいじゃないかよぉローズちゃぁん。少しくらいさぁ~」

 ルシャンは店に呼ばれた娼婦の体にだらしなく身を預け、何度拒否されても女の太腿に手を這わせ、スカートの中に手を入れようとしていた。そして手を叩かれる度に、ルシャンは腑抜けた笑いを浮かべるのだった。

「おいおい~。昨日はとんでもねぇ堅物だと思ってたが、随分といい感じになってんじゃあねェか~」と、傷頭の手下の一人が言う。

 酒に酔ったルシャンの様子は、前日の折り目正しい堅物な貴族のイメージとは真逆、それどころか別人が乗り移ったようだった。

 ルシャンは真っ赤になっている顔をさらに赤くさせ頭を掻いた。

 傷頭が娼婦の肩に腕を回して言う。

「人間、酒を飲めば本性が分かるってもんさぁ。どんな堅物だって一皮むけばこんなもんよぉ」

「そんなもんっすかねぇ~」

「そのとおりっ。こいつが俺の本性さぁ! 酒好きの女好き、騎士道なんてクソくらえだぁ! 何が真実と誓言かっ、守るものが多すぎるんだよ!」と、ルシャンは両腕を振り上げて叫んだ。

 あまりにも無様なルシャンの様相に、さすがの手下たちも苦笑いするしかなかった。

「よしセンセー、そのローズの事が気に入ったみてぇだから、これからここの二階でしけこんだらどうだい」

 傷頭の提案をルシャンは理解できず、首を傾げて呆けていた。

 傷頭は左手の親指と人差し指で輪を作り、右手の中指をその輪の中に出し入れした。

「これだよぉ、こ~れ~」

 傷頭の言わんとしていることを理解したルシャンは、顔を血豆のように真っ赤にする。

「ふふふ。じゃあ行きましょうか、センセ」

 娼婦のローズはルシャンの手を引いて二階へと登って行った。


 酔った勢いで悪乗りしていたルシャンだったが、いざそういうこととなると途端にしらふになっていた。ちゃくちゃくと服を脱ぐローズの隣で、服に手をかけず縮こまるばかりだった。

「ねぇ、どうしたの? 今は思う存分この脚に触っていいのよ?」

 ローズはルシャンの手を取り、スカートがめくれあがりむき出しになった脚に這わせた。ルシャンは驚いて手を引っ込めた。

「あらやだ可愛い」

 ローズは握っているルシャンの左手の薬指に指輪があるのに気付いた。

「あら、貴方奥さんがいるの?」

 ルシャンの表情が変わった。

「悪い人ねぇ、家で待ってる奥さん悲しむわ……センぐぅえ!?」

 蠱惑的な笑顔でルシャンに迫っていたローズの喉にルシャンの手が伸び、強烈なのど輪で絞められた。

 先ほどまで恥じらいで赤く染まっていたルシャンの顔は、怒りで真っ赤になっていた。

「誰 が 待 っ て る っ て?」

 ルシャンの目はすわり、顔中にシワが寄っていた。怒りだけではない、哀しみ、苦痛、やりどころのない憤りで溢れた顔だった。

「あ……が……。」

 呼吸困難で体をバタつかせたローズは、近くにあったナイトテーブルを蹴り飛ばした。

 騒ぎを聞きつけて、手下の一人が二階へと上がってきた。その光景を見た手下は仲間を呼んで、ルシャンとローズを引き剥がしにかかった。

「おい何やってんだ!? 気でも違ったか!」

 大人しそうに見えたルシャンだったが、そこはやはり剣の腕に覚えのある男、数人で取り押さえてようやくおとなしくなった。もっとも、大人しくなったといっても、勝手に暴れ疲れて酔いが回って眠り込んだだけだったが。

 いびきをかいて寝ているルシャンを見ながら、手下の一人が呆れて言う。

「おやぶ、社長、一体コイツ何なんすか? もしかして飛んでもないポンコツなんじゃないですか?」

 傷頭は傷跡を掻きながら首を振る。

「掘り出しもんと思ったんだがな……。やっぱ安く買い叩ける腕ならこんなもんか……。」

「剣の上手てぇのは嘘ですかい?」

「いや、それは本当だ。だが……。」

「だが、何です?」

「お前ら、ロックフィールド宿場を知ってるか?」

「え? ああ、スミス一家が縄張りにしてた宿場町のことですよね。風の噂で奴ら壊滅したって聞きましたが」

「ああ、だが流石にあんだけ一つの町を好き勝手やろうってのをお上が見逃すわけがねぇ。そこで、その地区の役人に袖の下を渡してたんだが、その相手がこの男だったんだよ」

「へぇっ? 到底そんな奴にゃあ見えませんがねぇっ。人は見かけによらねぇや」

「そう、人は見かけによらねぇ。こいつだけを見たならな」

「どういうことです?」

「問題はコイツの女房よ。なんでも頭がイカレちまってるらしい。そんで家を売っぱらって良い医者つけたらしいんだが、体と違っていったん壊れちまった頭はもう戻らねぇ。今度はヘルメスのグリーンヒルってぇ療養所に入れようとしたんだが、そいつがべらぼうに金がかかる、中流の貴族じゃあまず無理だ。そんで金を作ろうとしてたら、スミス一家の壊滅と共に不正が明るみになったってぇオチよ。温情で職を奪われるだけで済んだらしいが、まぁ貴族なんて騎士の生き方しか知らん奴ばかりだ、処刑されたようなもんさ」

「は~、健気な旦那ですねぇ」と、手下が感心して言う。

 すると、ローズが乱れたドレスを直しながらルシャンをなじった。

「何が健気なもんかいっ。健気な夫が女の首なんか絞めるかよっ。そいつはねぇ、女房に罪悪感で寄り添ってるだけさ。女房が重荷のくせに、それを認めようとしてないんだよ」

 そこへ、階下からクロウを探していた手下が登ってきて声をかけてきた。

「社長! あの女、見つかりやしたぜ!」

「なに!? よし、オメェら行くぞ!」

 男たちは緊張で息を荒くしながら各々に武器を取った。

「おい、用心棒! 起きろ! 仕事だぞ!」

 傷頭はルシャンの頬をひっぱたいて無理やり目覚めさせた。

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