不滅の愛と泡沫の花 その①

 ──五王国属州イードゥン ヘルメス侯国に続く街道。

 街道といえど、五王国の道ように石畳で整備されていないその道は、獣道よりもマシだという程度のものだった。道の端には雑草が生い茂り、道は大小の石で凹んでいた。

 その街道の道端で、ひとりの女が大きな石に腰掛け昼食を取っていた。

 髪は黒に近い赤、瞳は猫のような金色だった。肌はうっすらとした褐色で、雨風に晒されたその皮膚は、町娘に比べると荒れが目立った。

 女の腰のベルトには、木の棒が挟んであった。長さや少し曲がった形状から、杖に使うには不向きそうだった。

 そんな女が風から身を守るように外套まんとに身を包み、干し肉を喰い千切り革袋から葡萄酒を飲み干す光景は、食事というよりも獣が仕留めた獲物を悠然と喰らう光景にも見えた。

 干し肉の匂いに誘われてか、女のもとへ野良犬がやってきた。犬は鼻をヒクつかせながら女に擦り寄ろうとする。餌が欲しいのかと、女は喰いちぎった干し肉を地べたに置く。だが犬は干し肉に見向きもしない。

 奇妙に思ったものの、女は立ち上がると犬を無視して目的地へと歩き始めた。

 すると女は腰に重みを感じた。振り向くと、犬が腰に差してあった木の棒を咥えているところだった。

 女は犬を叱ろうと声をあげようとしたが、その前に犬が木の棒を腰から抜き出し彼方へと走り去ってしまった。仕方なく女は犬を追いかけた。


 犬はそのまま街道の坂を駆け登っていった。女も犬の後を追い坂を登ると、女の目に三人の男の姿が飛び込んできた。

 犬は真ん中の男のもとまで走っていくと、男の足元に咥えていた木の棒を置いた。どうやら男は犬の飼い主らしい。

 男は木の棒を拾い上げると、犬を足でどかして女の元へガニ股歩きで近づいてきた。

「よぉファントム、ただの犬っころだと油断したな」

 女、ファントムを三人の男たちが取り囲んだ。

 男たちの顔には傷や元罪人である証の刺青があった。ひと目でカタギではないことがうかがい知れる出で立ちだった。

「いくらファントムっつっても、剣を取られちまったらどうしようもねぇな」

 木の棒を持った男は、得意気に奪った物をファントムの目の前に突き出して見せびらかした。

 しかし、ファントムの視線の先には木の棒はなかった。彼女は男たちの立ち位置と、腰にある得物をつぶさに確認していた。

「ここで殺してもいいんだが、生かして連れてけば倍の金をもらえる。おとなしく──」

 男が話してる最中さなか、ファントムはその男の腰にある剣の柄に素早く手を伸ばした。

 そして男の剣を抜くと、真後ろにいた男に回転するように横薙ぎで腹を斬りつけた。

「!?」

 ファントムは振り向きざまに振りかぶると、正面の木の棒を持った男を袈裟で肩口から斬りつけた。

「え!? ず、ずるぅぃ……。」

 木の棒を持った男は、自分の武器を奪われた上での突然の不意打ちに、見当違いな恨み節を吐いて泣き顔で崩れ落ちた。

「く、くそぉ!」

 二人の仲間が瞬く間に切られ、一転して状況が不利になったことを知った最後の一人は、慌てて剣を抜いてファントムに斬りかかった。

 ファントムは倒れている男から木の棒を取り返すとともに、地面を転がってその剣撃を避ける。

 何とか立ち上がったファントムだったが、矢継ぎ早の男の再度の斬撃が迫っていた。力任せの袈裟斬りだった。

 ファントムは上体を弓なりに反らしてその斬撃を避けると、その体勢のまま木の棒を握って体を横に回転させた。

 一見すると苦し紛れの不安定な避け方だった。何より、ファントムはそのせいで片膝をつき、男に対して背を向けている。

 男はチャンスとばかりにファントムの背中に斬りかかった。

 だが、振り向いたファントムの手には抜刀を済ませた刀があり、切っ先は男を向いていた。

「なっ!?」

 苦し紛れの回避ではなかった。それは、回転して体を捻ると同時に刀を抜くための動作だった。

 そしてファントムはその膝をついた状態から、左手を刀の背に添え、素早い片手突きを男に向けて放った。

 男は思わず足をよろめかせて後退する。しかし、ファントムはその無防備になった足に横薙ぎで斬りつけた。

 上体を守ることに気を取られた男は容易に脚を半分斬られ、体のバランスを崩して尻餅をついた。

 ファントムは腰をついている男に刀を突きつけた。

「ま、待ってくれ!」

 男は哀願するように手のひらを突き出した。

「俺が、俺たちが悪かった! もうアンタには手を出さねぇ! だから……頼む!」

 ファントムは男を見下すと、刀を振って倒れている男の服で血を拭って納刀した。

「二度と私の前に現れるな。しつこく言い寄ってくる男は斬ることにしてるんだ。手にしてるのが刃物だろうと花だろうとね」


 そしてファントムは踵を返し、目的地のヘルメスへと歩を進めていった。

 背後では、脛の切り傷の痛みに悶絶する男の叫び声が、春風のそよぐ空に響いていた。

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