第21話 船旅開始

「……なんだよ、これ」

 ご丁寧に案内された時点でアルマの不機嫌度数は急上昇していたが、豪華な部屋に入った途端に爆発した。

「い、いい部屋だと思うよ。うん……」

 アルマはため息をつき、これまた不機嫌要素のフカフカ豪華ベッドに腰を下ろした。

「おい……金持ちジジイの観光旅行じゃねぇんだぞ。快適さなんて求めてないんだよ。ただ、目的地に移動出来ればいいんだよ。なんだよ、この無駄一式。どういうことだよ」

「……なんか、とてつもなく気に入らないらしいね」

 僕はそっとアルマの膝に乗った。

「猫か……猫はいい。なんかいい。無駄がなくていい。しかも、そこが可愛いんだよ

犬はダメだ。なんだよ、あんな媚び売りやがってよ。ムカついて蹴飛ばしてやりたくなるんだよ。だから、猫がいいんだ。必要なときしかなんかしてこない。あとは、テメェなんか勝手にしろって感じがいいんだよ。だから、私は猫が好きなんだよ」

「……よく分からないけど、猫がいいみたいだね。僕が犬じゃなくてよかった」

 僕はそっとアルマの手を舐めた。

「……やめろ、惚れちまうぞ。その行為はダメだ。猫は基本やらない最上級の親愛の挨拶だからな」

「……そうでもないよ」

 とにかくどうしていいか分からないので、僕はアルマの膝の上で丸くなった。

 しばらくして、船がゆっくり動きはじめた。

 無言のアルマだったが、僕の背中をゆっくり撫で始めた。

「これがいい……ないと困る」

「……おいおい」

 船がゆっくり湖を走り出すと、アルマは地図をみた。

「……なんだこれ、一回海に出るのか。それで、デカい船なんだな。これで、イライラが減ったぜ。この無駄なデカさも頭に来ていたからな」

「……とにかく、無駄が嫌いならしい」

 僕の背中を撫でながら、アルマはポケットをゴソゴソした。

 全く無駄のない動きで僕に首輪を付け、何事もなかったかのように背中を撫で続けた。

「あ、あの……?」

「私は使い魔で飼い主だ。分かったか?」

「……分かんないけど、分かった事にしないとぶっ殺されるな」

 アルマが息を吐いた。

「これでマシになったぞ。スッキリしたぜ!!」

「よ、よく分からないけど、こんなもんで直るなら……」

 僕をベッドの上に乗せ、アルマはこれもムカついていたシャワールームに入った。

「……そうか、僕は使い魔に飼われている魔法使いの猫なんだな。ここまでくると、もうわけが分からないな。面白い」

 とりあえず、やる事もないのでベッドで丸くなっていると、アルマがスッキリして出てきた。

「よし、相棒ゲットだぜ。どこまでも旅しようぜ。そのつもりなんだろ?」

「……嫌っていっても、無理矢理肩に乗っけて走っていっちゃうでしょ。今さら、村に戻る気はないよ」

 僕は笑みを浮かべた。

「はぁ、一人旅が信条な私が手放せなくなったか。まあ、人じゃなくて猫だしね。なにも問題はねぇ!!」

「……また拘ってるらしいね」

 アルマが僕を抱えた。

「これ抱えてると、なんか無敵な気分になれるぞ。なんか、妙なもの出してない?」

「……多分、出てないと思うよ」

 船は順調に進み、湖を渡っていった。

「ここから海に出るみたいよ。沖合の大きな島に移動して、そこからまた戻るってこれも無駄だけど、こっちはいいや。こういうのは旅だからね。海っていったことないよね?」

 アルマが聞いた。

「当然ないよ。巨大な水たまりだって、師匠はいってたけど……」

「まあ、間違いではないな。確かに水たまりだ。でも、溜まってる水は塩水だぞ。ついでにいうと、こういうとこから出ると大体波で荒れるぜ!!」

「へぇ、塩水ね。ちらっと聞いたかな……不思議なものだね。村じゃ塩は貴重品だったけど……」

 アルマが笑みを浮かべた。

「海から離れた山間だったからね。海の水を乾かすと塩が残るんだ。それを集めて使ってるから、山だとなかなかね」

「へぇ……」

 船が大きく揺れた。

「おっと、いよいよ海が近いな。甲板にでも出るか」

 アルマは僕を抱え、部屋から出た。

 船の外に作られた床に出ると、辺りの様子がよく見えた。

「久々に乗ったけど、船旅もいいもんだ」

 僕を抱えて遠くを眺めながら、アルマがいった。

「思えば遠くにきたもんだって感じかな。使い魔喚んで船に乗るとは……」

 僕は苦笑した。

「気がついてるか。元気になってるぞ。やっと馴染んだな。どうしたもんかって思っていたけどさ!!」

 アルマが笑みを浮かべた。


「前方に陸が狭まったところあるだろ、あの先が海だぞ。多分揺れるぞ!!」

 船は快調に進み、湖から海へと出ようとしていた。

 細い通路のような所を抜け、どこまでもひろがる海に出た途端船が揺れた。

「へぇ、これが海か……ところで、船の後ろから何かが追跡するみたいにきてるんだけど、なんだろうね?」

「え?」

 アルマがそっと剣に手を伸ばした。

「……海の魔物はデカいから厄介だぞ」

「えっ、魔物なの!?」

 アルマは笑みを浮かべた。

「海にだっているぞ。なんせ広いからとにかくデカいぜ。しかも、しぶとい。叩き甲斐は十分だぜ!!」

「……そっか、魔物なのか」

 僕は探査魔法で海中の様子を探った。

「……なんか大きいのが四体もきてるね。こんなのみた事ないサイズだな」

「でしょ、とにかくデカくてタフだからね。準備しとけ!!」

 アルマが視線を鋭くした。

「……先制攻撃っと」

 僕は呪文を唱えた。

 極太の光の矢が甲板から海中に向かって発射され、海面に軌跡すら残して高速で突き進み、船の後方で大爆発が起きた。

 巻き上がった海水が雨のように甲板に降り注ぎ、魔物の破片としか思えないものも無数に降ってきた。

「……こら、いきなり暴れるな。船がぶっ壊れたらどうするつもりだったのよ」

「……そこまで考えてなかった。ごめんなさい」

 船の人がすっとんできて、アルマにゲンコツを落として去っていった。

「……まあ、普通はそうみるよね」

「重ね重ね、ごめんなさい」

 僕とアルマは遠くを見ながら、ため息を吐いた。

「あ、あのなぁ、あんなもんブチ込んだら、水圧で船がぶっ壊れるわ!!」

「だ、だって、知らないもん。あんなど派手になるとは思わなかったもん」

 僕は俯いた。

「ったく、この子はいきなりスイッチ入るからな。まあ、いいんじゃないの。勘ではかなりデカいヤツだから」

「……四体、それも大物だよ。これはキツいって撃ち込んじゃった」

 アルマが変な顔をした。

「四体もいたの。こんな船、あっという間に破壊されちゃうよ。通常は一体で行動するはずなんだけどな。それだって、大騒ぎだぞ!!」

アルマが僕を抱えた。

「なんだ、やる事やっただけじゃん。なんかムカついてブチ込んだのかと思ったよ!!」

「あ、あのね、僕ってそんな危ない魔法使いじゃないつもりだけど?」

 アルマは笑みを浮かべた。

「ムカついて山をぶっ飛ばして。よくいうよ!!」

「あ、あれは……」

 アルマは笑った。

「ったく、大人しいからってナメて掛かると一瞬であの世行きってね。いいねぇ!!」

「そ、そんな怖い子じゃないよ!?」

 なんてやってたら、甲板で騒ぎが起きた。

「前になんかいる!!」

 その声で、僕たちは前の甲板に移動した。

「おら、出たぞ。名前忘れたけど、基本的に面倒くさい巨大イカ野郎!!」

「……おぇ、気持ち悪いヤツ」

 まるで船の行く手を遮るように、とにかく大きくて不気味なヤツがいた。

「ここじゃ私の剣は全く役に立たん。先生の一撃が決め手だぞ!!」

「先生はやめてね。なんか痒くなるから……」

 どこを狙ったらいいのかすら分からなかったので、とにかく適当に撃ってみるしかなかった。

「……この辺」

 僕は両手を突き出した。

 そこから放たれた光りの帯とでもいうべきものが、前方の大きいヤツを貫いた。

「効いてないぞ。そこはどうでも場所だ!!」

 アルマが剣で場所を示した。

「あの目玉っぽいとこ。なかなか上に出ないから、即座に撃てるように!!」

「最初に教えて……あの目玉か」

 ちょうど海中に目玉が引っ込んだので、僕はじっと待機した。

 一瞬だけ目が覗いた瞬間、僕は巨大な光の矢を放った。

 到達するまでの僅かな時間に目玉が海中に引っ込み、光の矢は胴体らしき所に命中して爆発した。

「……外した。先読みしないとダメだな。パターンをみないと」

 僕はしばらく魔物の動きを観察した。

「……ここだ」

 僕は再び巨大な光の矢を放った。

 魔物の目玉に突き刺さった光の矢は、大爆発を起こして魔物の体ごと木っ端微塵にした。

「ふぅ……」

 僕はため息を突いた。

「おう、やるじゃねぇか。木っ端微塵だってよ、やっぱムカついてたんだろ!!」

 僕は笑みを浮かべた。

「なかなかパターンが読めなくてさ、しまいにはこの野郎とか思いだしてたからね。勢い余っちゃった」

 アルマが笑った。

「こ、この野郎って、君もやるようになってきたな!!」

「そうでもないよ。この野郎で撃ち込んで、次にきたのが僕の馬鹿野郎だったから。なんか、嫌になっちゃった……」

 アルマが笑った。

「あんなのこの野郎でいいんだよ。馬鹿野郎を向けるならあっちだって。合わせてこの馬鹿野郎か!!」

「いや、僕はダメだよ。この野郎を倒しても、馬鹿野郎がきちゃうから。結構やってるけど、毎回こうなるんだよ。あのオークにだってなった位だから」

 アルマが笑みを浮かべた。

「持ってる力は使うべきだぞ。なにが正しいなんてない、自分が正しいと思ってやったならそれでいいんだよ。なんで、馬鹿野郎になっちゃうかな。あれ生かしておきたかったかな。さっきのだって、ほっといたらこの船は粉々だぞ。それを排除して馬鹿野郎はないと思うけどな。違う?」

 アルマは僕を抱きかかえた。

「全く、ぶちのめしておいて綺麗事いってるんじゃねぇ。むしろ、ざまぁみろくらいには思えよ。やっちまったんだからよ!!」

「……うん、そうだよね。やっちゃったもんはやっちゃったとしか思うしかないね」

 僕は息を吐いた。

「そういうこった。だから、やっちまう前には考えろよ。ただし、我慢はするな。そういう時もあるぜ!!」

 アルマは笑った。

「よし、船室に戻ろう。こんなに群れてるのも珍しいんだ。もう出ないと思うぜ!!」

「うん、毛繕いしたい。ベタベタ……」

 アルマが笑みを浮かべた。

「当然、シャワーだ。なんか付けて泡だらけにしてやる!!」

「や、やめて、毛の脂が取れちゃってなんか気持ち悪いから!?」

 アルマは僕を抱きかかえたま船室に入り、そのままシャワールームに入った。

「覚悟はいいな!!」

「や、やめて!?」

 アルマはニヤリと笑い、恐怖の石けんを片手に僕をゴシゴシ洗った。

「お、怒るよ!!」

「怒れば?」

 アルマがニヤリとした。

「……」

「よし、そのままじっとしてろ!!」

 こうして、僕は綺麗さっぱりになった……人間的には。

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