第15話 またも攻防

「さてと、順調なら今日の夜には着くんじゃない?」

 アルマが地図を見ながらいった。

「……残念だけど、夜だと遅いよ。どこの村でも、日没で固く門を閉ざしちゃうから。僕たちは目立つから、近寄るのも危険かもしれないよ」

 アルマがため息を吐いた。

「その辺りはどこも一緒か。主義に反するけど、たまには馬車でも使うか。よし、どっかでパクろう!!」

「……いや、朗らかにいわれても」

 まあ、どっかでパクるにしても、ここは草原のど真ん中。

 馬車なんてどこにもあるわけがないので、とにかく歩いていた。

「ん?」

 アルマが振り返ると、郵便物を運ぶ高速馬車が接近していた。

「……おっと、避けないよ危ないよ」

「はいはい」

 なにせ、魔物が出ようが何しようが、とにかくひたすら止まらず走る事を命とする高速郵便馬車だ。

 道の変な場所に立っていたら、問答無用で跳ね飛ばされてしまう。

 あっという間に近づいた馬車は、僕たちの前を通過……したはずだった。

「はいよ!!」

 アルマに抱きかかえられた僕は、高速で走る馬車の屋根にいた。

「……な、なにやったの!?」

「うん、トロいから飛び乗ってやっただけだぞ。どこが高速なんだよ!!」

 ちなみに、この界隈では最速の移動物だ。

 もの凄い風の中、僕を抱えて身を低くして屋根に乗っているアルマは、笑みを浮かべていた。

「……昔、駅馬車強盗でもやってた?」

「馬鹿者、そんなつまらん事は頼まれてもやらん!!」

 パクるよりはマシだが、そもそも人を乗せる馬車ではない馬車にタダ乗りした僕たちは、素晴らしい速度で道を突き進んだ。

「つまらんけど、時間がない時は助かるぜ!!」

「……怒られてもしらないよ」

 馬車はあっという間に次の村に接近していった。

 道は村を貫いているので、どうしても通る事になる。

 すでに門は開けられていたが、いきなり屋根に矢が刺さった。

「なんじゃい!!」

「……ぼ、僕たちを狙ってるんだって。明らかに異物だもん!?」

 散発的だった矢の攻撃が、雨のように降り注ぐようになってきた。

「ほれほれ!!」

 剣を振り回し、アルマはその矢を全部はね除けた。

 もう明らかになにか起きているのは分かっているはずだったが、己の使命感に燃えた馬車は一切速度を落とさなかった。

 最後は侵入を防ごうと、慌てて閉じられようとしていた門を叩き壊し、馬車は村に突入した。

「はい、おりまーす!!」

 僕を抱え、馬車からアルマがスタっと地面に下りた。

 そして、当然ながら武装した集団に囲まれた。

「ちょっと待って、なんもしないから!!」

 アルマが慌てて声を上げた。

「……なるほどな、それが私に対するこの村の対応なのだな。よもや、私の顔を知らぬとはいわせんぞ?」

 僕はニヤッと笑みを浮かべた。

 取り囲んでいた一団は一瞬不思議そうな顔をして固まった。

「……今がチャンス、村長の家まで走るよ。挨拶しちゃえばこっちのもん!!」

「わ、分かった!!」

 僕たちは囲みを蹴散らし、通りを走った。

「村長の家なんて、どこも偉そうに大きいって師匠がいってた。探そう!!」

「なんじゃ、その当てにならん情報!?」

 さっき囲んでいた人たちが、怒鳴りながら追いかけてきた。

「うわ、四足走行に切り替えた。こっちもやらないと追いつかれる!?」

「出来なくはないけど、かえって遅いわ!!」

 アルマを置いていくわけにはいかず、結局追いつかれてまた囲まれた。

「……捕まっとこう。これ以上刺激するとよくない」

「……これに捕まるのかよ。屈辱すら感じないぞ」

 僕は正面を向いた。

「僕だけにしといて、魔法使いが何人かいるでしょ。だったら分かるはず。この大きいのは僕の使い魔だ。この意味は分かるだろ?」

 アルマまで囲んでいた一団が、僕だけを取り囲んだ。

「ちょっと、なにしてんの!?」

「……使い魔ってのは、主の所有物っていうのが魔法使いの常識。つまり、アルマを連れ込んで、ちょっとした騒ぎみたいになっちゃったのは僕の責任っていう話なんだ。その辺で待ってて。これで、問題なく村を歩けるようになるはずだから」

 僕は囲まれたまま村の奥に向かった。

「全く、何事かと思ったぞ」

 広場のような場所で、多分村長が呆れた声を出した。

「……ごめんない」

「まあ、分かっておるようだし、素直に謝ってくれているので、私としても心苦しいのだがな、こういうことで例外を作るわけにはいかなくてな。お前たち、最大限に手加減をしろ。形だけでいい!!」

 村長の声に三人ほど僕の前に立った。

「……はぁ、どこいってもこれらしい。師匠も散々食らったってね」

 ため息を吐いた時、最初の一発がきた。

 あとはもう、殴られてるのか蹴られているのか投げられているのかよく分からなかった。

「こら、手加減しろといったろ!!」

 その三人は村長を殴り倒すと、再び僕に向かってきた。

「……な、なに、なんか嫌な事でもあったの。いいよ、ぶん殴っていいよ!?」

 素早く僕を取り囲んだ三人は、再び僕をボコボコにした。

「これ、さっきから黙ってみてたけど、もう我慢の限界だぞ」

 突然アルマが現れ、三人を指で弾いて飛ばした。

「なに、これがよそ者への礼儀だっての?」

 アルマが額に血管を浮かべていった。

「……ち、違う。こっちが礼儀を無視しただけだから、ダメなんだって許可なく村に入っちゃ。いきなり馬車で飛び込んじゃったから、ちょっとしたお仕置きだって!!」

「……これが、お仕置きだと。意味分かってるか。明らかに殺意を感じたぞ。そういうつもりなら、こっちも容赦しないからな。どこからぶっ壊してやろうかな……」

「やめろ!!」

 僕が怒鳴ると、アルマはビクッとした。

「……使い魔としての制御なんてしたくないから、落ち着いてよ。とにかく、三人がぶん殴ちゃった村長の治療しないと」

 僕は囲んでいた人たちを押しのけ、地面で伸びている村長に回復魔法を使った。

「……これで大丈夫。さて」

 アルマに吹っ飛ばされた三人が、まだ懲りずに横並びでやってきた。

「……村の中での攻撃魔法は、多分どこでも使用禁止のはず。危ないもんね。となれば」

 僕は両手の爪を出し、笑みを浮かべた。

「あくまでも、まだやるっていうなら、ここからは戦いだよ。つまり、反撃するからね」

 軽く構えてから、まず一人目に渾身の猫パンチを顔面に叩き込んだ。

 突き刺さった爪をそのままに、力一杯腕を引き下げ、深い爪痕を残した。

 その一人が顔を押さえてのたうち回っている間に、二人目にの顔面を思い切り引っ掻いた。

「……残るは君だけだね。やる?」

 僕はニヤッと笑った。

 しかし、予想に反してその人はニヤッと笑い返し、一瞬で間合いを詰めて強烈な猫パンチを浴びせてきた。

「……くっ」

 思わず体勢が崩れた時、今度は反対側からの強烈な猫パンチがきた。

「……爪なしか。ナメられたもんだね」

 とはいってみたものの、爪なし猫パンチ二発で僕はもうフラフラだった。

「……なんてパワーだ。本当に猫か?」

 その人との睨み合いが続き、どうしても動けないでいるとアルマがその人の首根っこを掴んでブランとぶら下げた。

「……おい、やるか?」

 アルマがニヤッとした。

 僕たちは首の根本を掴まれると、どうにも大人しくなってしまう。

 その人もただ黙ってぶら下げられていた。

「なんだよ、さっきまでの威勢はどこいったんだよ!!」

 多分知っての事だが、アルマは大人しくなったその人を指で突いてからかっていた。

「んだよ、つまらねぇ野郎だな!!」

 アルマはその人を思いきりぶん投げた。

「……まあ、上手い事着地はするよね」

 アルマは僕を抱きかかえた。

「あーあ、ボロボロじゃん。これ、どうしようかね」

「あ、あの……」

 声が聞こえ、アルマが振り返った。

「こちらで治療を。あの三人はどうにもならなかったのです」

 アルマは笑った。

「だってよ、二体撃破だぜ!!」

「……痛い事しちゃったな。あれ、治らないと思うよ」

 アルマは笑みを浮かべた。

「先に手を出したのはあっちだ。いいパンチだったぜ。ちょっと微笑ましいのは、猫だからな!!」

「……うん、どんなに真剣でも、人間にはそう見えるみたいだね。必死なんだけど」

 声を掛けてきた人についていくと、ちょっとした病院だった。

「どれ、いってこい!!」

 僕は病院に入った。


「おし、治ってきたな。ったく、とんでもねぇ村だな!!」

「ごめんなさい。あの荒くれ者たちは、誰にも手が付けられなくて……」

 その人がため息を吐いた。

「まあ、大人しくなっただろ。なんか、村見物って感じでもなくなったな。とっとと、次にいっちまうか……」

 アルマが地図を眺め始めた。

「あ、あの、これも何かの縁といいますか、見ず知らずの方にこんな相談するのもどうかと思いますが……その、好きな人がいるのですが、どうやって攻撃していいか分からないのです。かなり防御力が高そうなタイプなので!!」

 その人がいきなり吐き出した。

「……えっと?」

「ああ、君には無理だ。そういう相手にはね、正面から真っ直ぐに突撃しても必ず跳ね返されるよ。具体的にどうやれとはいえないけど、色々フェイント掛けて混乱させて、うっかり脇とか背中とか防御の薄い場所を向けた瞬間に一気に一突きだね。大体、仕留められるよ。これが、頭脳戦で楽しいんだ」

 その人の目が輝いた。

「そういう絡め手を考えるの大好きなんです。どう仕掛けてやろうか、今から楽しみになってきました。ありがとうございます!!」

 その人は走り去っていった。

「うむ、恋も戦いなのだよ。これが、また面倒だけど楽しい!!」

「……恋してるの?」

 アルマがゆっくり顔を向けた。

「……してたよ。してたところを、猫に呼ばれちまったんだぞ。もう、ダメだな」

「……ぼ、僕はなんてことを!?」

 アルマが笑って僕を撫でた。

「これで我慢するよ。コイツ、なんか可愛いし」

「……ごめんなさい」

 アルマが笑った。

「んなもんどうでもいい。こっちの方が全然楽しいもん!!」

「……な、ならいいけど」

 アルマは笑みを浮かべた。

「まあ、いいや。どうする、次いっちゃう?」

「……うん、別に変わった事ないしね」

 よしとアルマが声を上げた時、村に警鐘がなった。

「おっ、なんか起きたな!!」

「……みんな一斉に家の中に避難を開始したね。取りあえず、門の辺りにいってみよう」

 アルマに抱きかかえられ。僕たちは門にいった。

「あらら、オークに比べたら可愛いけど、今度はゴブリンの大群か。ここにも生息していたんだね。まあ、面倒なことに変わりはないよ!!」

「……この数をまともに相手したら、こんな村の壁なんか一瞬で破壊されちゃうよ」

 ゴブリンとはこの地域によくいる小人みたいな魔物で、一体一体は大した事がないけど、とにかく集団で押し寄せて悪さする面倒なヤツだ。

「ここから見えるだけで五十はいるね。よし、やるか!!」

 アルマは僕を肩に乗せた。

「……気を付けて、タコ殴りにされるとキツいよ」

 アルマは笑みを浮かべた。

「やれるもんならやってみろっての。行くぜ!!」

 誰も閉める人がいないのか、半開きになったままの門から外に出て、僕たちは向かってくるゴブリンの大群に向かって突っ込んでいった。

「……準備射撃」

 僕は呪文を唱えた。

 空を埋め尽くす程の光球の雨がゴブリンの群れに降り注ぎ盛大に爆発を引き起こした。

「よし、あとは手出しするなよ。この数なら余裕だ!!」

 アルマが素早く斬り込み、片っ端からゴブリンを斬り飛ばしていった。

「ん?」

 毛が逆立つような感覚を覚え、反射的に防御魔法を使った。

 無数の火球が防御幕に衝突して爆発した。

「……魔法をつかうレアなヤツがかなり混じってるよ。これは面倒かも」

「上等、撃たれる前に斬る!!」

 アルマの移動速度が上がった。

「……ダメだ、多すぎて間に合わない。ゴブリンと魔法戦なんて、聞いたことないよ」

 僕は呪文を唱えた。

 光の矢が無数に飛び、反撃の火球が無数に飛んできた。

 僕はさらに呪文を唱えた。

 飛んできた火球を全て光の矢が射貫き、上空で爆発を起こした。

「……あえて、直接手出ししてないから」

「おう、気が利くじゃん!!」

 飛び来る火球を光の矢で撃ち落としていると、アルマが瞬く間にゴブリンを叩き斬っていった。

「よし、これで根こそぎ蹴散らしたな!!

 アルマが剣を鞘に収めた時、すぐ脇で僅かに何かが動いた。

 僕は反射的に火球を叩き込んだ。

「あれ、油断したな。助かったぜ!!」

「……最後まで気を付けて」

 アルマは笑みを浮かべ、村に戻った。


「いや、この村は度々アイツらにやられていてな。ここまでの大群は初めてだが、助かったぞ。これは謝礼だ」

 村長が大きな革袋を渡した。

「……もう一個あるぞ」

 アルマが睨んだ。

「……分かっておる。申し訳なかった」

 村長が僕に革袋を渡してきた。

「……大金だ」

「慰謝料ってところか。まあ、これでいいんじゃない。さてと、暴れてたら夕方だぞ。今からどっかいくのもね。宿なんてないよな……」

「うむ、旅人自体がおらんからな。あったところで、お主は入れないだろう」

 僕はため息を吐き、呪文を唱えてひっくり返った。

「……お、おい、またやったのか?」

「……ほ、他に手がないでしょ。せめて、村にいるときは」

 アルマがため息を吐いた。

「ムチャすんなって。まあ、やってくれたならいこう!!」

 僕はアルマに抱きかかえられ、村の門に向かった。

 狙い通りに家があり、僕たちは中に入った。

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