第3話 横槍
「お代官様、なんと仰せられました」
「与兵衛の裁きは下せぬと申したのじゃ」
「まさか、今更、そのようなことを仰せられるとは。約定を違えるおつもりか」
気色ばむ上州屋を宥めるように本山が言う。
「我が主が先月身罷られたことはそちも存じておろう。その跡を襲われた忠利様が、初のお国入りをされることになってな。しかも、この吟味を忠利様が御自らなさると言い出されておるので仕方あるまい」
「それでは費えをかけて準備したのが無駄になると?」
「いや。慌てるでない。忠利様は若干三十歳じゃ。我らが申し上げれば理非の判断をお任せくださるだろう」
「しかし、我らの企みに気づかれては面倒でございますぞ」
「まだ嘴の黄色い小童じゃ。いかようにもたばかれるわ。聞くところによれば、他所に出されていたのを先年やっと親子の対面をなされたとのことだ。随分と放蕩もされたと聞くし、それほどおつむりも良いとは思えぬ」
本山はにやりと笑って言葉を続ける。
「ご定法により末期養子は認められぬ。やむを得ず親子の名乗りをされたとの噂じゃ。なんでも老中の阿部様のお声がかりとあって断り切れなかったとの由。いずれにせよ、江戸屋敷においては知らぬが、ここでは御当主といえども好き勝手にはさせぬ」
「ははー。それを聞いて安心いたしました。流石は先代様より信任厚い備前守様でございますな。ですが、万が一ということもございます」
「わしの力が足らぬと申すか」
「いえ、当代様はまだお若いとのこと、多江が涙ながらに訴えては情をかけられることもございましょう」
「そうだな。色に惑わされて無罪放免とでもなっては事だが。まあ、心配あるまい。そのような世評を流されては面目丸つぶれじゃ」
「左様でございますか」
「そうじゃな。念のため、村人どもに与兵衛が放免されてまた怪異が起こるようになっては夜も眠れぬとでも言わせておけば良かろう」
「では、念のため、訴人どもに言い含めておきましょう」
「まあ安心いたせ。殿様というものは年貢と冥加金をきちんと収めておけば、領内のことなど関知せぬものじゃ。初の国入りで気負い立っておるとは言っても若輩者。かんで含めれば何ほどのこともあるまい」
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