第2話 天狗の掛け軸

 翌日、仙太郎の訴えを受けて、代官所の役人が越前屋を訪れる。

「その方に、妖を使っての狼藉の訴えがある」

「何かの間違いではございませぬか。身に覚えがございません」

「言い分は代官所で聞く。引き立てい」


 代官の意向が明瞭である以上、配下の役人もそれに逆らうことなどできようがなかった。主人の与兵衛を縄にかけ、代官所に連れ去ろうとする。

「おとっつあん」

 娘の多江が悲鳴を上げる。


「きっと何かの間違いだ。すぐに疑いは晴れるだろう」

 そういう与兵衛であったが、娘への代官の執着を考えると前途に暗い物を感じずにはいられなかった。

 悪い予想は当たり、代官所に引き立てられた与兵衛はろくに調べを受けることなく、牢に入れられてしまう。


 数日後、御高祖頭巾に顔を包んだ武士と商人がとある料理屋の座敷で密会をしていた。

「お代官様。まずは手はず通り与兵衛めを首尾よく」

「うむ。訴えがあっては取り調べぬ訳にはいかぬからな」


「さすがはお代官様」

 取り調べる気もない代官と取り調べを期待してもいない商人との空疎な会話が響く。

「無知蒙昧な百姓どもに怪異の噂話も流して置きましたからな。これはすべて与兵衛の仕業であると」


「代官所の者も怪しげな狐火を見たと申すものがおるようじゃの」

「人の噂の広まる速さには驚くばかりですな。あとは、越前屋の奥座敷から例の絵を差し押さえ、怪異が収まれば……」


「そうよな。あの絵が数々の異変を引き起こしていたこと間違いなし」

「左様でございます。火を見るより明らかなこと。そこで、越前屋はお取りつぶし、家財没収ということで……」


「しかし、このような企みを思いつくとはそちも悪よのう」

「いえいえ、私などほんのひよっこで」

「よく言うわ」

「これが成就した暁には、またたんまりと」

「さようか。むははは」


 翌日、代官所の手の者が、越前屋の奥座敷に飾ってあった天狗の掛け軸を押収する。それ以来、川中村で頻発していた怪現象はピタリと止まった。川の色が朱にそまることも、道のお地蔵様が倒れることも、夜更けに烏が鳴くことも無くなった。上州屋の息のかかった者の仕業であるから止まるのも当然である。

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