武州名物なか餅裁き

新巻へもん

第1話 悪だくみ

「くく。上州屋。そちも悪よのう」

「いえいえ、お代官様には敵いませぬ」

「何を言うか。ぬわっはっは」

「はっはっは」


 武州桶川郷川中村にある上州屋の屋敷で、心温まる光景が繰り広げられていた。中山道を行く旅人に評判のなか餅。その利権を巡って鎬を削る上州屋の屋敷で、池田家代官の本山備前守を迎えての悪だくみの真っ最中である。


 鬼の仮面をつけた謎の侍の影が障子に映ったり、畳に風車が刺さったりすれば、彼らの運命も風前の灯火。世の善人も枕を高くして眠れるというものだが、あいにくと現実はそう甘くはない。


 上州屋の商売敵である越前屋を追い落とす罠の仕掛けが整ったことで、上州屋の欲深な顔をいつも以上に明るくしていた。


「手はず通り、弥吉に続いて、仙太郎も明日にはお代官様の元へ……」

「ふむ。越前屋が家に祀る天狗の面を使って、不当にそなたの店に障りを起こしておると訴えさせるのだな」

「はい。我が店の品の餅が固いのも餡の舌触りが悪いのもすべてその呪いの為と」


「しかしのう。少し話に無理があるのではないか。上州屋」

「ですから、厳重に見張っておいた米が鼠に荒らされ、蒸した小豆が一夜にして饐えるわけでして」

「とても人の為せる技ではないと」

「左様でございます」


 上州屋は後ろから袱紗の包みを取り出すと、包みを解き、桐の箱に入った元祖なか餅を代官の方に押しやった。

「これは此度の備前守様のお骨折りに対する心ばかりの品でございます」


 それを一瞥した本山は、

「わしも越前屋のなか餅の方が好みであるのだがな」

「もちろん、ただの餅ではございませぬ、この通り、山吹色の……」


 餅の下の仕切りをずらすとその下には小判がずらりと並び怪しい光を放つ。それを見て満足そうに頷く本山へ、

「それに、備前守様のお裁きで越前屋がお取りつぶしとなれば、寄る辺の無い多江も備前守様におすがりするほかございますまい」


 越前屋の一人娘、多江の珠のような容貌を思い浮かべ、本山の顔が一層やにさがる。いくらしつこく言っても側女になることを了承しない多江を我が物にできる。これは堪らん。


 全くもって見事なまでに私利私欲に基づいた悪だくみであった。上州屋の様々な嫌がらせにめげずに今まで商いを続けてきた越前屋も、この地を差配する本山が上州屋に篭絡されたことで危急存亡の秋を迎えていた。

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