第40話 やりすぎファーマーは到達する

「まさか最後のきっかけがBBの『成長石』だとは……」

「ほんとすごかったよねー。野菜の成長する速さもそうだけど、色が金色に変わっちゃうなんて」

「ああ。『金色の野菜』は正直なところあきらめかけていたところだったんだがな……」


 主様が何かを思い出すように空を見上げた。

 たぶんあの日の青空を思いだしているんだろう。うちも同じように空を見上げ、主様の原動力となった出来事を思い出した。



 ***



「残念じゃが、これがわしの最後の作品じゃ」


 年老いた白髪のおじいさんが、『至高の野菜コンテスト』の受付にどんと音を立てて大きなリンゴを置いた。

 赤いリンゴではなく、金色のリンゴ。

 五年に一度、小さな小さな田舎で開かれるそのコンテストには、各国から腕によりをかけた野菜が集まってきていた。

 白髪のおじいさん――ランズ=エグバート――は、どこの出身とも知れない凄腕ファーマーだった。

 受付のおじいさんが、眉をひそめて悲痛の表情を見せた。


「エグバートさん……そんな悲しいこと言わないでくださいよ。魔王の恐怖が色濃く残るこの地で、こんなコンテストに人が集まるのはあなたのおかげだと言うのに」


 エグバートさんはかかかっと豪快な笑い声をあげた。


「わしも歳じゃ。体力の限界が近いうちに来る。もう各地を回れるほどの余裕もない。もう少し若ければ冒険者でもやって平和に貢献できたかもしれんが、結局わしは野菜に人生をかけてきた。だからこそ……未来の農業の礎になるであろう、これにたどり着いた」


 しわの入った手が、金色のリンゴを撫でる。

 まるで愛し子のように優しく優しく撫でている。


「それに……まだ早いが、わしを越えそうな者はちゃんと出てきておる。そっちにおるあの茶髪の少年じゃ。だろ? 火妖精のお嬢ちゃん?」

「ん? 主様のこと? さぁ……うちもよくわかんないけど、とにかくすごい人だなぁとは思ってるよ。孤児だったのに自力で畑作ってがんばってるんだって。でも、今回は主様の野菜よりエグバートさんのリンゴの方がすごいよ。全然香りが違うし」

「かかかっ、妖精は見ただけでそんなことがわかるのか。さすがじゃな…………お嬢ちゃんが言うとおり、まだ少年ではわしの足下へ到達するのは早い。あと十年は必要じゃろうて。だが……その時が来れば抜かれるという予感はするの。よく面倒を見てやってくれよ?」

「美味しい野菜が食べられるうちはがんばるよ」

「……妖精も意外と現金なやつなんじゃな」

「主様とかわした約束だからねー」

「まあ何でも構わん。妖精に見限られないような青年になることを祈るばかりじゃ。だが、今回の優勝は譲らんぞ」


 エグバートさんが愉快そうに笑う。

 それが、伝説に等しい『金の果物』を作れるファーマーとの最初で最後の出会いだった。

 その年のコンテストの結果は言うまでもない。

 主様の野菜はその当時でも十分美味しかったけど、最終選考に残ることすらできなかった。

 そして、優勝者のエグバートさんのリンゴを一切れ味見させてもらって、絶望的な顔を見せていた。埋めがたい差を感じたに違いない。


「時は流れる。お前さんはまだ経験が少ない。仲間も足りない。世界を旅するべきじゃ。そうすれば様々な野菜や経験がお前さんの野菜を格段にうまくするじゃろう。……わしの所まで到達できるか?」

「…………必ず。『金の野菜』を作ってみせる」

「わしが果物じゃから、お前さんは野菜を作ってみせる、か。良い心意気だが、気をつけるんじゃな。気付いた時にはその『金の野菜』ですら時代遅れの産物になっておるかもしれんぞ」


 エグバートさんはコンテスト後に小さな主様に会いにきた。大きな手で頭を撫でながら、言い聞かせるように話した。

 とても悔しかったのか。それとも強烈な憧れを抱いたのか。

 主様がすべてをかけて追いかける目標を見つけた瞬間だった。



 ***



「畑に置いてきたが、ミジュやホーネンたちはうまくやってくれているだろうか?」

「大丈夫だって。今頃は『金の野菜』を食べられて大喜びじゃないかな?」

「だといいな」

「うん」


 主様はスピードを落とさずにひたすら走る。

 森の中でも方向が間違っているなんて少しも思わない。この人は超人だ。三日三晩馬よりも早く走り続けても不思議じゃない。


「見えた。あそこが決戦の地だな」

「……主様の原動力になった村だね」


 眼下に広がるのは山間にある小さな村だ。人口は数百人程度。産業は農業と牧畜。でも、昔の村長が『至高の野菜コンテスト』を町おこしのために開くようになってから、数年に一度大きなお祭りが行われるようになった。

 その時だけは、小さな村に多数の有名なファーマーが集まるのだ。


「十五年ぶりか」

「もうそんなになるんだねー」

「結局、間では一度もコンテストに参加しなかったからな」

「……負けたのが悔しくて?」

「…………今となってはそうだな。野菜が未完成だから、と色々理由をつけて先延ばしにしてきたが、BBに言われて最初はそうじゃなかったはずだと思い出した」

「最初は何だったの?」

「孤児だった俺が何かしたいと思ったのが最初だ。まあ、年中空腹だったから、食べ物を作りたいと思ってな……」

「それで野菜だったんだ」

「競争が目的ではなかった。食べ物に困りたくないという純粋な願いがスタートだった。冒険者で肉を手に入れる方法もあったが、敵が強ければ命を落とすしな。戦いの才能の無い俺には夢物語だ」

「…………そ、そうだね」

「おっ、盛り上がっているようだな。活気があるじゃないか」

「わぁっ、ほんとだ」


 うちらは会場の受付のお姉さんに参加を伝える。

 前はおじいさんが二人座っていた場所に、綺麗なお姉さんが五人も座っている。とても華やかな雰囲気で、会場の奥には賑やかな声が飛び交っている。

 主様はそれをしみじみとした表情で眺めている。


「言っては悪いが、もっと静かな雰囲気のコンテストだと思っていたのだが……」

「なんか、お祭り! って感じだねー。前はすごい険しい目をした審査員のおじいちゃんがたくさんいたもんね」

「ああ……こんな踊り子はいなかったし、参加者にも若い人は少なかったはずだ」

「それだけ農業とか野菜づくりが広がってきたってことじゃない? いいことだよ」

「確かに……これは俺もうかうかしてられん」

「でも優勝は間違いないんでしょ?」

「当然だ。俺のこの『金のカブ』は畑仲間の努力とBBからの贈り物の結晶。負けるはずがない」

「じゃあ行こっ! 無名なのに伝説を越えるファーマーの登場だよ!」

「それはさすがに言いすぎだが……今の力を見てもらうとするか」

「うんっ!」


 うちと主様は顔を合わせて大きく笑った。



 ***



「フラム……一つ聞いてもいいか?」

「なに?」

「どうして会場に包丁とまな板が用意されていると思う? それも人数分をだ」

「……コンテストが野菜の中身重視に変わったんじゃない?」

「トマトやカブならいいが、葉物野菜はどうなるんだ? 切って比べるのか?」

「さぁ?」


 うちらは屋外に設けられた会場の一テーブルを与えられた。途中、肩に乗るうちを見て色んな人が「妖精って初めて見た」なんて驚いていた。

 以前は、妖精と一緒にいるファーマーも見かけたけれど今はいない。

 うち一人だけだ。

 そうこう考えているうちに、とても若いお兄さんが会場に用意されていた木箱に登った。そして響き渡る声でこう言う。


「今年も『野菜グルメコンテスト』に参加いただきありがとうございます! 過去最大の参加者となっておりますので、審査に時間を要するかと思いますが最後までお付き合いください。ルールは例年通りシンプル! 美味い野菜を、いかにうまく、綺麗に調理するか! 料理とはまず見た目です! 包丁以外は調理器具の持ち込みもOKです! では、二時間ほどで閉め切りますので、よーい――――スタートっ!」


 大きな太鼓がドーンっと重低音を鳴らした。

 と同時に、主様とうちは目を合わせた。

 会場の参加者がせわしなく包丁や鍋を動かす中、しばらく無言の時間が続く。

 火を灯す音に、桶で野菜を洗う音があちこちで聞こえる。まるで別のコンテストの雰囲気だ。

 最初に沈黙を破ったのはうちだった。


「例年って言ってたけど……五年に一度じゃなくなったんだね」

「フラム……そんなことより、野菜グルメとはなんだと思う?」

「うーん……見たところ野菜で料理を作れってことだけど……主様って料理できたっけ?」

「無理だ。生でかじる以外に食べ方を知らん」

「だよねー。料理はミジュが一番詳しいんだけど……呼ぶ? <テレポート>使えばいけるでしょ?」

「明らかに反則だ」

「でも、このままだとなにもできないよね?」


 主様は大き目の木のまな板を見つめ、置かれている一本の包丁をじっと見つめる。主様が動物を切るときに使う牛刀からすれば、とても頼りないナイフのようだ。

 大きな手が、その細い木の枝のような柄を握った。


「や、やらねばならん。でなければ、『金の野菜』が負けてしまう」

「ぬ、主様……ちょっと手が震えてない?」

「……武者震いというやつだ。とりあえず……カブを切ろう。話はそれからだ…………あっ」

「どうしたの?」

「まな板ごと切ってしまった…………い、いかん……力を入れ過ぎたか」

「ま、まあカブも半分になったし…………って包丁折れてるね……」

「だな……」


 主様は恐る恐る包丁の柄を引き抜いた。

 手の中に残っているのはまさに柄だけだ。くすんだ銀色の刃は、主様の足下に折れて転がっている。


「フラム……包丁以外は持ちこみOKと言っていたな?」

「言ってたけど……まさか!?」

「切れそうなものと言えば……牛刀か草刈鎌しか思いつかん」

「草刈鎌はともかく、牛刀は……包丁の仲間じゃない?」

「いや……たぶん違うはず。草刈鎌はこの周囲の人間ごと刈ってしまう……やはり牛刀だな」

「えぇっ!? あんなの使ったらこのテーブルがかるーく真っ二つになるよ!?」

「う、うまくやってみせる」

「でも……」

「やらねば負ける……いくぞ」


 主様は血走った目で使い慣れた牛刀を取りだした。

 黒い刃で人間の身長ほどの長さのある凶器だ。巨大モンスターを捌く時にのみ使われるその禍々しい刀身からは、黒い靄が発生している。何度もBBを殺した一振りだ。

 そして――

 主様は伝説にもうたわれそうな牛刀を天高く振り上げた……



 ***



「えーーっと……何やら大惨事ですけど……りょ、料理はどれでしょうか?」


 明らかに困り顔の若い審査員が、主様の前にやってきた。

 今は採点中だ。

 奥から順番に野菜で作られた一品をチェックしている。

 主様はしぼりだすような声を上げた。


「『金のカブ』の薄作り……です」

「薄作り……ですか。それにしては少々分厚いように見えますけど……何か工夫をこらされたりしたのでしょうか?」

「命をかけて作りました」

「そう……ですか……薄作りに命を……な、なるほど……このバラバラになったまな板とテーブルもそのせいだと?」

「必要な犠牲でした。食べ物ほしがれば、なにか死ぬ。あたりまえ……」

「…………は?」

「独り言です。忘れてください」

「はぁ……」

 

 もう見ていられない。

 可哀想すぎて涙が出てきそう。包丁を振るうだけでどうしてこんな惨状になるのだろうか。うちがやった方が百倍ましだと思う。

 『金のカブ』は、ずたずたで、薄作りには程遠い。

 審査員のお兄さんの冷たい目がさらっと流れていった。

 状況は絶望的だ。


「一応……試食はしないとダメな決まりなんで」


 嫌だけど一応食ってやる、という雰囲気でお兄さんはぼろぼろのカブを口に放り込んだ。

 スローモーションを見るように、目が明後日の方を向いた。

 まず膝から力が失われ、続いて上半身が追いかけて倒れていく。

 至高の野菜。

 主様の野菜の完成形。

 普通の人間が食べればこうなることは分かっていた。


 ――――気絶したのだ。

 そのうち目覚めるけど、数時間は無理だろう。


「……フラム、帰るぞ。もう結果は見えている」

「……うん。料理は見た目だからね」


 主様はそう言うと、素早く牛刀を片付けた。

 <テレポート>を使わず、会場の多数の視線を浴びながらも出口へ走りだす。猛スピードだ。

 小さな村を抜け、森の中に入ってしばらく。

 主様は大きな声を上げた。


「くぅぅぅっっっっっっそぉぉぉぉぉぉっ! 料理だとぉぉぉっ!? 俺の野菜は世界いちぃぃぃぃぃっ!!」


 うちは何も言えなかった。

 でも、念の為に通信魔法を密かに使用しておいた。



 ***



「まさか料理が求められているとは……うまい野菜だけでは優勝できない時代になっていたのか。BBやエグバートさんの忠告が今頃になって耳に痛いな」

「そうだね……」


 あの雄叫びから二時間ほど経っていた。

 ずっと下を向いていた主様が突然ばっと顔を上げたのだ。


「極めようとする間に、環境の方が変わってしまうとは」

「……これからどうするの?」

「決まってるだろ。野菜の料理を極めてみせる。そうでなければ『金のカブ』のうまさが分かってもらえん」

「うんうん! それでこそ主様!」

「十年……いや一年で出来る限り上達して見せるぞ。まずは鍋振り百万回だ!」

「……それより先に普通の包丁を使うところからじゃない?」


 うちはとても嬉しかった。

 主様はこれだからすごいんだ。



 ***



 家に戻った時はもう夜更けだった。主様は珍しく「今日は疲れた」と言って早々とベッドに横になった。

 もう何年も見たことがない光景だ。

 ああは言ってたけど、ショックは大きかったに違いない。

 うちは主様の部屋のドアを静かに閉めて廊下に出た。そして、恒例となった打ち合わせスペースに移動する。

 そこにはテーブルにろうそくが置かれ、三人の妹が静かに座って待っていた。神妙な雰囲気だ。


「あの後の会場の様子はどうだった?」


 うちは中心に座るミジュに問いかけた。通信魔法を飛ばした相手はこの子だ。うちの代わりに影から会場を見守ってもらっていた。


「大方予想どおり。主様の料理は特別賞になったわ。見た目がEの最低評価、味がSの最高評価でね。『野菜グルメコンテスト』始まって以来の快挙だそうよ。あの後、他に試食した参加者も全員倒れて大騒ぎだったわ。『この野菜の生産者は誰なんだ』ってお祭り騒ぎだったのよ?」

「そっか……やっぱり優勝は無理だったか」

「でもすごいことじゃないッスか? 見た目重視のコンテストで、ボロボロのカブだったんスよね?」

「まあね……料理なんて呼べないものだった。まな板の方が小さく切れてたくらいだったし」

「…………可哀想」

「最初は見てられなかったけど、主様は立ち直ってた。もう次の目標は最高の料理を作ることだって言ってたし」


 うちは座ったメンバーの顔をぐるりと見回した。

 どの顔も大きな期待が隠しきれていない。

 あの主様が作る料理だ。当然、とんでもないものになるだろう。それでなくとも野菜はレジェンド級なのだ。調理技術さえ身に付けば誰も敵わない。


「……特別賞黙っておく?」

「ツティはどっちがいいと思う?」

「…………」

「みんなはどう思う?」

「私は伝えてもいいと思うけど。いくらなんでも不憫でしょ」

「ミジュ姉、伝えたら主様は満足して料理キングを目指してくれないかもしれないッスよ?」


 ゼカがじゅるりとよだれを拭いた。この子は食欲が勝ってしまうらしい。

 うちは一度咳払いして全員の注目を集めた。


「うちは伝えるつもり。ゼカの言い分も一理あるけど、主様はたぶんこう言う――」



 ***



「見た目がEの判定をされた時点で不名誉だ。BBやホーネンにも合わせる顔がない」

「だよねー」

「もしも見た目がSなら、『金のカブ』は誰も寄せ付けないはずだった」

「うん……」

「次にそうなるためには、俺が調理技術を身に付けるだけでいい」

「うんうん!」

「やるぞっ、フラム。そしてミジュ、ゼカ、ツティ。みんなも悪いがもう少し付き合ってほしい。道は少しそれるが、至高の野菜で料理を極めてみせる」

「もちろんです!」「やるッスよ! うまい料理が待ってるッス!」「……最高」


 全員の顔がこれ以上ないくらいに綻んだ。思わず手を繋いでふわりと浮かぶ。

 うちらは、主様の頭の上を輪になってぐるぐると跳び回った。

 何度も何度も。

 見上げる主様も微笑んでいる。

 

 ――主様は、きっとやりすぎる。

 何年後になるかはわからない。でも、気付いたときには、やりすぎ料理人になっているだろう。

 だって――

 この人はやりすぎファーマーなんだから。



【FIN】

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無自覚無敵のやりすぎファーマー~つき合う妖精は大変です~ 深田くれと @fukadaKU

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