第39話 やりすぎファーマーは天敵と再会する

「これはちょっと多いッスね……」

「……やる気満々」


 真っ先に飛び出していったゼカとツティが目の前の光景に驚いている。

 それもそのはず。

 地上の畑をぐるりと取り囲むようにBB――茶色い熊――が集団で陣取っている。主様の熊刈鎌で殺されたことは忘れてしまったのだろうか。

 でも、今日はまだダイコンを食べたり野菜に手をつけてはいない。

 中心にいる一際小さ目のBBが目をつむったまま、じっと立っている。その隣には巨大なBBが二匹。

 主様が、遅れて<テレポート>で現れた。

 その手には黒い靄を纏う牛刀が握られている。


「また顔に傷のあるBBか……しかも……強くなっているな」

「え? 前より強そう?」

「ああ。格段に強そうだ。フラムも油断するなよ。体は前よりも縮んで俺と同じくらいの大きさだが、威圧感は数倍だ」

「……と、隣のBBは?」

「あれも前より強そうだ」

「もしかして……ちょっとまずい状況?」


 やばい。

 主様が真剣な顔をしている。こんなに思いつめた表情は見たことが無い。いつも余裕で侵入者を追い払っていたのに。

 以前、あのBBたちは主様のダイコンを畑丸ごと食べている。うちらの成長を考えると、あいつらも強くなっていて当然かもしれない。

 心の中で不安が一気に膨らんだ。


「まさか、うちらを全員始末してから……とか考えてるのかな?」

「それはどうかな…………おっと、来たようだな」

「えっ?」


 主様が斜め後ろを見た。いつの間にか暗い巨大な穴が空いている。半円型で直径が十メートルといったところだ。

 その中から、煌びやかなローブに身を包んだ王冠を載せたアンデッドが進み出た。

 さらに後ろからレッド隊、イエロー隊、ブルー隊、グリーン隊が続々と現れる。一糸乱れぬ統率。今日はブドウも刺さっていない。

 ホーネン一行だ。

 肩にはミジュが座っている。


「ミジュ、ホーネン……悪いな。今回は少々数が多くてな」

「お任せください。雑魚は私たち姉妹と四隊で。そして主力級はホーネンが相手をします」

「わおい」

「真ん中の小さいのは俺が相手をする。ホーネンは左のでかいのを。それと……ヨーガン! 右のでかいのを頼む」


 畑の中央で巨大な黒いスライムが人型を取った。とうとう溶岩スライムまで出るつもりらしい。

 まさに大戦争になるだろう。

 主様がうちを肩から降ろす。

 そして、微笑みながら話しかける。


「フラム、お前はそこにいるティアナとレイチェルを守ってやってほしい」

「うん……」

「私も戦うわよ?」

「わ、私もブルーワンとイエローワンを呼んできます」


 二人の積極的な言葉に、主様は首を横に振った。


「悪いが、BBはレベルが違う。大人しく待っていてくれ。では――全員行くぞっ!」


 主様が踵を返して畑の中に進み出た。続いてホーネンとアンデッド集団、そしてミジュ、ゼカ、ツティが空中を舞いながらBBに接近していく。

 BBの親玉が目を開けた時が開戦だろう。

 隣の大きな二匹は、小さな親玉が動くのを横目で伺っている。気負いは感じられない。とても自然体だ。

 でも近付いていくほどに、のどかだった地上の畑エリアが途方もない緊張感に包まれていく。

 そして――

 微動だにしなかったBBの集団が、親玉が前に一歩進み出たことで動きを見せた。

 最強の生産者対最強の捕食者の戦いがとうとう始まった。



 ***



 ――――ガシッ


 親玉BBと主様の手がぶつかった。

 弾んだ声で主様が語りかける。


「驚いたぞ。こんな隠し玉を持っているとはな」

「おれら『食料の探索者』。おまえたちだけすぐれてるおもうな」


 BBがたどたどしい発音でそんなことをしゃべった。

 うん。

 しゃべってるわ。

 親玉だけっぽいけど、確かにしゃべってる。意味わかんない。

 もしかして、レジェンド野菜を食べ続けるとモンスターもしゃべれるようになるのかも。前は「バブー」しか言わなかったもんね。

 肩すかしの形になったアンデッドはふてくされたみたいに直立不動だ。

 妹たちはもう仲良く雑談タイム。

 会話をしているのは主様と親玉BBのみ。


「まさか地中三メートルよりも深い場所に生えるイモがあるとは……知らなかった。しかも……うまいな。保有マナ量がすさまじい」


 主様が薄緑色のイモを皮ごとかじる。バリッという豪快な音とともに、口の中に消えていく。

 和解のあとの食事って感じです。


「そだつの三ねんかかる」

「ほぉ……なるほど、こんな珍しい野菜を知っているとは。確かに『食料の探索者』の名に恥じないのは分かった。で、これが俺に渡したかったものか?」

「ちがう。これ」

「これは? 岩塩か?」

「ちがう。『成長石』。くだいて土にまぜると食べ物すごいのびる」

「ほぉ……」


 主様がBBが差し出した金色に光る大きな石を受け取った。

 拳でゴンゴンと叩き――

 見事に数個に割れた。

 BBがそれを見てにやりと邪悪に笑う。隣の大きなBBは明らかに怖がっている。


「さすがボルボエ神のしそん。つよい。くだけるのおまえくらい」

「……何度も言っているが、俺はボルボエ神とは関係ないぞ?」

「しそんはみなそう言う。でもおまえ血はながれてる。まちがいない」


 主様が首を捻りながらうなった。

 BBとうちらが呼んでいた熊はボルボエという種族みたい。

 BBの説明によれば、こんなにすごい野菜を作れるのはボルボエ神という先祖の神様の血を引いているからだという。

 『食料の探索者』と呼ばれるBBはとにかく食べ物を探す技術がすごいらしい。聴覚や嗅覚が異常に発達している。でも野生の肉でも魚でも、食べるためには戦わないといけないことが多い。だから強いし、一度負けても成長が早い。

 ボルボエ神はその種族の中で初めて『自分で作る』ことを考えついた神なのだと言う。

 捕るだけでなく作る――これこそが偉大な神と呼ばれる所以だそうだ。


「まあ、大昔の話はともかく……この『成長石』とやらを俺にくれるってことでいいんだよな?」

「それボルボエ神の宝。しそん使ってほしい。おれらうまく使えない」

「それはありがたい。確かにこれにはすごい力を感じる。早速試してみよう」

「話おわり」


 BBがのそりと立ち上がり、主様も遅れて腰を上げた。

 そして、友人にするように手を差し出す。


「どうだ? お前たちも俺の畑を手伝ってくれないか? 好きな野菜を作るぞ? もらった『成長石』を使えばさらにうまくなるはずだ」

「いらない」


 小柄なクマが首だけ振り返った。


「おれたちどんどん場所かえる。おまえの食べ物わかった。もっとうまくなったらもどてくる」

「俺の成長を待つと?」

「そう。そのあいだ、おれたちあたらしい食べ物さがす。同じ食べ物あきる」

「…………興味深い話だな。一か所でこもっていては成長が無いと言われている気がするぞ?」


 主様の苦笑交じりの台詞にBBは答えなかった。

 代わりに、すべてのクマが踵を返して動き出した。大地が地鳴りをあげるように震えだす。

 主様が、遠ざかっていく背中に大きな声を張り上げた。


「仲間を殺してすまなかった!」

「食べ物ほしがれば、なにか死ぬ。あたりまえ」


 森の木々に反響してBBの言葉が聞こえた。それは当たり前のことで、誰もが忘れがちなことで。

 なぜか、うちはとても大事なことのような気がした。

 バイバイ、BB。

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