第38話 やりすぎファーマーはお宅訪問を受ける 後編
「ここが牧草部屋だ。今はツティとゼカが手入れをしてくれている。一度は会っていると思うが、風妖精のゼカと土妖精のツティだ」
「おっ、人間の女の子じゃないッスか。ティアナにつづいて二人目ッスねー。その顔を見るとまだここに慣れてない様子ッスね」
「…………また増えた」
ツティはじと目でレイチェルを確認し、ケラケラと笑うゼカは、緑色の布を巻きつけた旗を振っている。
どうやらアンデッド達への合図みたいだ。
草むしりをしていた骸骨たちが立ち上がり、草の合間を縫って集まってくる。
誰もが首に緑の布を巻いたグリーン隊。ゼカ直轄のアンデッドだ。『誘いのカタコーム』では最下級に位置するスケルトン亜種だけど、何かと素直ないい子たちらしい。
名前はお決まりのグリーンワンから……以下略。
「……この人達も……アンディ先生のお手伝い……ですか?」
「お手伝いッスか? ……部下みたいなもんスけど?」
「いや、彼らはもう家族に近いかもしれん」
「え? ……か、家族だったんスか?」
「そうだ。最初は協力関係だったが、これだけ一緒に生活していれば家族になっても不思議じゃない」
「……アンデッドですけど?」
「種族は関係ない」
「そ……そうなんですね」
質問をしたレイチェルが顔を引きつらせている。ちらりとこっちの反応をうかがっている。
だから全力で答える。
――横に首を振って。
主様がいなければ彼女に「さすがにそれはない」とお伝えしただろう。
レイチェルがほっと安堵したような表情を見せる。ティアナとゼカは引いているし、ツティは完全に無視して土壌改良にいそしんでいる。
満足げに頷いているのは主様だけだ。「なかなかいい響きだ」なんて自己満足に浸っている。
「あの……アンデッドは分かりましたけれど、ここは牧草部屋なのですよね? 家畜を放牧していると思っていいのですよね?」
「ああ。より自然に近い状態で最高の牧草を与えている。トウモロコシも与えているんだぞ。おかげで素晴らしいフンが毎日たっぷりだ」
「い、いえ……餌の話ではなく、家畜の方が……とても気になります。どことなく教科書で見た『危険なモンスター』の一覧で見たことがあるような……大きさもまさにそんな感じですし。三メートルは越えていて……」
「ん? 三メートルもあるか? ちょっと呼んでみるか」
「あっ、いいです、いいです! 呼ばなくていいです! たぶん……悪魔の名前が付いているんですよね?」
「悪魔? いや、あそこにいるのはクックフォーとクックサーティーンだ」
「…………へ?」
「そしてあっちがクックエイト。少し奥にいるのはヌースリーとヌーイレブンだ。おっと……あいつ毛並がいいな。何かあったのか……ちょっと話を聞いて来る」
「…………」
主様がすたすたとヌーイレブンに近付いていく。
置いてけぼりのレイチェルがゆっくりと主様から視線を外して首を回した。またまたこっちに確認をしたいらしい。
だから、うちは答えてあげる。
「ガ・レ・ス!」
ガレスの末裔という悪魔の血を引く皆さんであるのは間違いないのだ。レイチェルにはしっかり伝わったみたい。
ぼそりと「やっぱり」という言葉が聞こえた。
「ヴェルデ草原にいるはずのガレスの末裔がこんなにいるなんて……しかもその餌を世話しているのが――」
「アンデッドッスねー。でもこいつら、疲れないからけっこう役立つッスよ? 私が魔法使うよりは時間かかるッスけど、楽ちんだから最近は全部お任せッス。はーい、グリーン隊、次はあっちのエリア行くッスよー」
「「「「わおーい」」」」
「ね? 素直っしょ?」
「…………異常すぎるわ。ツティさんもそう思いますよね?」
レイチェルが賛同を求めてツティに声をかける。ツティは黙々と色んな場所の土を手に取っては比べている。
土妖精ならではの能力を発揮しているんだろう。
唯一、姉妹の中でアンデッドを連れていないツティは――
「…………仕事が減るから嬉しい」
「し、仕事が減ってもこんなにアンデッドがいたら危険じゃないですか?」
「…………危険より一緒にいる時間が重要」
「一緒? アンデッドとの時間が?」
「…………しゃべりすぎた」
ツティはそれだけ答えるとふわりと浮かび上がった。レイチェルとは一切視線を合わせずにガレスヌーの塊に向けて飛んで行く。
良く分からないまま放置されたレイチェルが困惑している。
アンデッドとの時間が重要なわけがない。あの子は主様と一緒の時間が伸びるならそれでいいって言いたかったんだろうけど、ちょっと言葉が足りないね。
人見知り気味だから許してあげてね。
「まあ、そんなに危険とは思ってないってことだと思うよ。ホーネンもいるしね」
「……ホーネンって、あっちから歩いてくるキラキラの骸骨ですか?」
「うん。ちゃんと骸骨の管理をしてくれてるんだよ?」
「…………あれが一番危険な感じがしますけれど。一緒にいる水妖精さんは大丈夫なんですか?」
「ミジュ? 大丈夫、大丈夫。姉妹の中で一番しっかり者だし、最近はうまい扱い方が分かったらしいし」
疑る様子のレイチェルが、煌びやかな宝石を縫いつけたローブを揺らして歩いてくるホーネンを見た時だった。
ねじくれた短杖から、極太の黒い光線が放たれた。
すぐさま、黒線はグリーン隊の一人の頭蓋骨を吹き飛ばし、貫通して壁に激突する。牧草部屋が一瞬振動し、誰もが作業の手を止めて発射元の骸骨を一瞥した。
ミジュが、ホーネンの王冠を取り外して頭をぺちぺちと叩いている。
いつもの光景だ。
そして――
全員が何事も無かったかのように作業に戻る。
「ちょ、ちょっと!? あんなすごい魔法使ってるけれど、大丈夫なの!? 闇魔法でしょ、あれ!?」
「うん。骸骨は頭吹き飛ばしてもまた蘇るんだって。でも仕方ないよ……クワ持ってないのに耕す動きだけ真似してサボってたみたいだし」
「そうなんだ……ってそうじゃないわ! もし先生にあんな魔法が当たったりしたら――」
「主様に?」
レイチェルの的外れの心配に、うちは思わず微笑んでしまう。
外の人間が見るとそんなことを考えるのかと楽しかった。
「絶対に当たらない。主様は普通の人間じゃないから。たぶん当たってもけろっとしてると思うし」
「そ、そんなこと……あるはずがないわ。人間が高位のアンデッドの魔法で死なないなんて……」
「あれ? レイチェルも薄々分かってたのかと思ってたけど? ホーネンにしても、ガレスの末裔にしても……貧弱な人間の言うことを聞いてくれると思う?」
「それは……」
「美味しい野菜と……桁外れの力。両方揃ってるから、こんなに無茶ができるんだよ。だからレイチェルだってティアナだってびっくりしたでしょ?」
うちは優しく微笑む。
気絶するほどの野菜を作れる上に、モンスターを寄せ付けないほどの強さを持つ主様。
たまにずれている時もあるけど、それは何かに必死だから、周りが見えていないだけ。
そんな人と出会えたことにまずは喜ばないと、ね。
「まずは受け入れてみたら? 主様のこの畑から出て行きたいって子は誰もいないよ? うちも皆も毎日美味しい野菜食べられて幸せだし」
「…………うん」
「レイチェルが望むなら――――あっ、ごめん。ちょっと通信が来たみたい。話の途中だけど急ぎっぽいから」
「あっ、どうぞ」
「ごめんね…………はーい、ヨーガン、フラムだよー。どしたの?」
うちは、レイチェルとティアナにくるりと背中を向けて、通信魔法を受け取る。連絡してきたのは溶岩スライムのヨーガンだ。
珍しい。
何かがつながる感覚とともに、しぶい男性の声が頭の中に鳴り響いた。
「フラム様……BBが再び現れました。前回よりも数が多いです。私一人では少々厳しいため、お力添えを」
簡潔な報告と共にぷつりと音が途切れた。
うちは思わず天を仰ぐ。
「順調すぎて忘れてたなぁ。そういえば敵らしい敵が一人いたっけ……飽くなき食欲の権化が。生産者の天敵ってところかな」
「フラムさん……何かあったんですか?」
「敵ですか? 戦いなら私も加勢しますわ」
「……二人には後で説明するよ。とりあえずまずは…………おーいっ! 主様っ! BBが来たって!」
うちは精一杯、声を張り上げた。
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