第37話 やりすぎファーマーはお宅訪問を受ける 前編
その日、『畑仕事とアンデッド』というテーマで熱く講義をしていた主様は、教室でとても浮いていた。
生徒の顔にもそれはないわ、という感情がありありと浮いてる。
うちも気持ちはよく分かる。
アンデッドはない。
……そう思ってた。
でも、最近、「骨も役に立つわ」とミジュが言っていたのだ。これはびっくり。あんなに毛嫌いしていたホーネンとうまくやっているらしい。
やっぱり同じブドウやメロンを食べれば分かり合えるってことかも。
レジェンド野菜でみんな姉妹って感じ。
そうこう考えているうちに学校のチャイムが鳴った。さっさと帰る生徒たちの中で、二人が前に出てきた。
「アンディ先生……アンデッドを畑仕事に雇うなんてできるんですか? 危険すぎると思いますけれど」
「嘘じゃないよ? 私の店にもアンディ先生が骸骨貸してくれてるもん」
学校最強という噂のレイチェルと、中途入学したティアナ。
彼女は最近めきめきと力を付けて注目の的だ。マナ量がかなり多い子だから当然かもしれない。
って、二人とも女の子じゃん。
あっ、そういえばうちも女の子だから、三人に囲まれてる状況だ。
少し前の引きこもり気味の主様なら考えられない光景かも。
まあ、本人はまったくそっち方面に興味は無い野菜バカなんだけど。
「もちろん、本当だ。アンデッドはこの上ない戦力だぞ? 協力的で、一途で、休憩も取らない働き手だ」
「それって、奴隷と変わらないような……」
「全然違う。俺は強制していない。彼らはわずかなブドウだけで、とても前向きに仕事をしてくれる」
うーん……前向きは前向きだけど、ホーネンがいるからのような気もする。
あのキング骸骨は容赦ないからなぁ。
うちもたまーに見かけるけど、闇魔法飛び交ってるし。その度に、「あっ、また誰か骨粉に変わった」って呆れてる。
「ところで、先生……一度、先生の畑を見にいってもいいですか?」
レイチェルが、本題を口にした。たぶんこれが本題だろう。何かを言おう言おうとしているのは分かってた。
主様は不思議そうに首を傾げる。
そして――
「ダメだ」
「……ど、どうしてですか?」
「以前の生徒の気絶から、俺は始めて自分の野菜の力を知った。少しは自信も付いた。そして、今日は妖精たちと新たに改良した野菜の仕上げに入る。土も、肥料も新種の種も作った。栄養豊富な植物のおかげで土壌のマナ量も十分だ。予想では今までに無い野菜に進化するだろう」
「…………つまり?」
「つまり、畑仕事が忙しい」
「いつもそれじゃないですかっ! たまには話を聞いてやれってアルノート様に言われてたんじゃないんですかっ!?」
レイチェルが顔を真っ赤にして主様の胸ぐらを掴んだ。
最近はこの子も主様の扱い方がだいぶん分かってきたらしい。心の壁が少し無くなったのかな?
うん。うまいこと言った。
主様が強い力でぐいぐい後ろに押されている。もちろん動いてはないけど、困った顔はしている。
どうやら押しの強い子には弱いらしい。
「い、いや……確かにそうなんだが……本当に畑仕事が忙しくて……おっと、いけない! もうすぐ妖精たちとの打ち合わせの時間だ! 急がなければ」
「また<テレポート>で逃げるんですか!? って、ティアナはなんで連れていくんですかっ!?」
「あっ……私は最近アンディ先生の仕事を手伝っているので」
「それなら私も手伝います! 前に手伝わせてって言いましたよね!?」
「……確かに言ったな」
「……はい。だから連れていってください」
「…………分かった」
主様がはっきりと頷いた。
レイチェルの表情がぱっと明るく変わる。逃げられていたのがよっぽど辛かったらしい。途端にそわそわし始め、「何、持って行こうかなぁ」なんて浮かれている。
……少なくとも剣は役に立たない場所だから置いていっていいと思う。
間違って敵だと思われるとやばいやつがうじゃうじゃいるからね。
「手伝うって言われたら、やっぱり主様は受け入れることしかできないかー」
それが畑に一途なファーマーの弱いところってこと。
うちはやれやれと肩をすくめた。
***
「先生……ここ……ダンジョンですよね? 畑じゃ……ないんですか?」
初めて経験する主様の移動魔法である<テレポート>に、「わぁ」とか「すごいっ!」って驚いていたのは一瞬だった。
突然目の前に現れたダンジョンの入口を前に、レイチェルは立ち尽くしている。
ティアナの提案で、主様はログハウスよりも、こっちを先に案内することに決めたらしい。
「心配ないぞ。畑はこの中にある。さあ行こうか」
「えぇっ? 畑がダンジョンの中にあるんですか? そこに見えている畑は違うんですか?」
「地上の畑は地下で改良した野菜の実験場みたいなものだ。やはり最後は太陽の光で無ければダメなんだ」
「……ちょっと意味が分からないです。それと……向こうで大きな黒いスライムみたいなのがリンゴ形になってますけど……あれ大丈夫なんですか? もしかして野生の敵とか……」
「心配ない。ただの食事の時間だ。フラム、こいつをやってくれ」
「りょーかい!」
うちは軽く放り投げられた大きなリンゴを受け止める。そして、ヨーガンに投げた。
一直線に赤い塊が飛んで行き、いつも通り、溶岩スライムがぱくっと掴みとる。
「うん。絶好調かな」
最近のうちは力が強くなっている。
マナの量も、魔法もどんどん強化されている。妖精の下っ端とは思えないほどの成長なのだ。今なら上位妖精と張り合えるかもしれない。
「さあ、時間も無いから急ごう。ティアナも遅れないようにな」
「はーい」
「あっ、ちょっと待ってくださいっ!」
***
「――――ひっ」
レイチェルは素早く右手を腰に送った。流れるような動きはいつも練習を欠かさないことをすぐに分からせてくれる。
だけど、その場所にはいつもの道具が無い。
剣の代わりに腰に佩いているのは――
アンデッドに支給している初心者用の草刈鎌だ。これも主様のお手製だから良く切れるけど、普通の人が剣の代わりにするのは無理がある。
「剣っ、剣を早くっ」
彼女は慌ててアイテムボックスに手を突っ込んだけど、なかなか探し物は出てこないみたい。
「何を慌てているんだ?」
「そ、そこ! スケルトンが大量にいるんですよっ!? …………え? も、もしかして?」
冷静な主様とティアナに首を傾げられ、レイチェルが自分の姿を省みた。
なかなかシュールな光景だ。
レイチェルの視線の先では、五人の骸骨集団――黄色い布を首に巻いた大きな鎧姿――が、とんでもない量の牧草の束を運ぼうとしている。
両肩と頭の上に積み上げて器用にバランスを取りながら歩いていたようだ。
ちょうど移動中だったのか、通路を横切ろうとしてレイチェルの悲鳴に反応したかのタイミング。
なんとなく、「用事か?」と暗い眼窩が物語っているような雰囲気だ。
「まさか……まさかこれが先生の言ってた……アンデッドのお手伝いさんですか?」
遅る遅る首を回して主様の方を見たレイチェル。主様がにっこりとほほ笑む。
そして事もなげに言う。
「そうだ」
「そ、そうだじゃないですよ!? どう見たって危険なアンデッドですって!? しかもみんな異常に骨が太いですよっ!?」
「んたおうたおたえあれ……」
「そんなに褒めるなよ……と言っているな」
「褒めてませんっ! って、なんで言葉分かるんですかっ!?」
「まあいいじゃないか。言葉が分からないと意志疎通ができないのだから当然だろ? 仕事仲間なんだし。さぁ、さっさと次に行こう」
「あっ、待って待って、置いていかないでっ! それとティアナ、あなたも少しは驚きなさいよ! 明らかにここは普通の畑じゃないわ!」
「……まあ……レイチェルもすぐ慣れるから安心して」
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