第34話 偉人はやりすぎファーマーと話す

 音を立てることなく、教壇の前まで移動する。

 後ろを振り返れば、成績の良い者から悪い者まで全員が机に倒れ伏している。恐らく全員が天にも昇るような感覚だっただろう。

 情けないとは思わない。

 なにせ、わしですらレジェンド野菜の前には気を失いそうだったのだ。弟子のルネリタに至っては、わしの部屋で倒れて失禁までさせられた代物だ……おっと、これは考えることも禁止されておるのだった。


「……お主にとっては予想通りといったところかの?」

「いえ……困惑しています。感想を聞きたかったのですが、なぜ生徒が全員寝てしまったのでしょう? 寝たふりではないようですが……私の授業があまりにつまらないから……」

「……はっ? そんなわけあるまいて! お主、そんなことを考えとるのか? ……こやつらは全員、お主のレジェンド野菜……まあブドウを食べて気絶したんじゃよ」

「…………気絶?」

「おや……その様子では、食べた人間が気絶した場面を見たことがないのか?」


 アンディ殿ではなく、側に控えている妖精たちに水を向けた。

 ばつの悪そうな顔をして火妖精が飛び上がる。


「……主様は自分の野菜の力を知らないからねー。だから私たちも一度ほんとのことを知ってもらいたくて……」

「で、授業中に試食させたのかの?」

「まあ、半分は……」

「なるほどの……だが、アンディ殿はまだ理解しておらんようだぞ?」

「…………また帰ってから説明するつもり」

「お主、意外と苦労性だの」

「まあね……うちだけじゃなくてここにいる妹たちもみんな苦労してる」


 火妖精が声を潜めながら微笑む。

 水妖精がこちらを横目で伺いながら、うんうんと頷いた。


「でも、いい人なんだよ?」

「作る野菜もうまいし……か?」

「分かる?」

「分からいでか。まあ、何にせよこうなったからには授業は終わりだの。生徒たちでは残りの時間内に目覚めることはないだろうからの」


 ずらりと見える死屍累々の生徒たち。

 まだ誰もぴくりともしていない。学校最強と呼ばれるカレン=レイチェルですら無防備な状態だ。

 使い方によっては本当に危ない野菜になるだろう。


「ところで、ティアナ君はさすがじゃな。やはり何度か食べておるのか?」

「…………す、少しだけ」


 教室内でたった一人起きているティアナが恥ずかしそうにうつむいた。元々レジェンド野菜を最初に扱った店の娘だ。味見という名の試食は済ませているだろう。


「あっ、アンディさん……とっても美味しかったです! 初めて食べましたけどブドウも最高ですね!」

「ありがとう。そう言ってもらえると、私も作り甲斐がある。だがやはり……食べ慣れていない人には受け入れてもらえないのか……」


 真剣に悩む様子のアンディは天井を見つめている。

 豪胆なようで、かなりの心配性だ。自分の作ったものに自信が無いのか、それとも目指す場所が遠すぎるのか。

 


「まあ、一人でも感想を聞けてよかったじゃないかの……そ、そうじゃ! そういえば最初に言っておった中庭を案内しようかの。今日はこれで終わりだし、ティアナ君も一緒に行くかね?」

「はいっ!」

「ということでじゃ……アンディ殿……いつまでも落ち込んでおらんと……こっちじゃ」

「あっ、うちも行くー! ほらっ、主様も行くよ! ミジュ、後片付けお願いね!」

「……はいはい」


 小さな火妖精が主の背中をぐいぐいと押す。

 すると、重い足がゆっくりと動き出した。



 ***



「ここが、その中庭じゃ。前任が講義用に何種類かの野菜を育てとった。地産地消。採れたての野菜が美味しいと、みな喜んでおったぞ。今は少し手入れが行き届いておらんがの……」

「確かに、元は良い土だったのだろう。粒状でなかなかだ。丁寧にクワを入れていたのだろう。これはやりがいがある」


 アンディ殿が食い入るように土に顔を近づけ、様々な個所に移動しながら土を掴む。

 その度に「ほぉ」とか「なるほど」とかしたり顔で頷いている。

 少ししょげていたのが嘘のような様子だ。慣れない口調も元に戻っている。


「畑を前にしてる時が一番活き活きしてるからね」

「あっ、なんとなく私もそれ想像できます」


 ただの娘と火妖精が仲睦まじく会話をしている。これは学校では絶対に見られない光景だ。

 わしは小さく微笑む。

 そしてちょうどその時、アンディ殿が駆け足で戻ってきた。この広さの畑のチェックをもう終えたらしい。

 なぜか雑草を片手にたっぷりと握っていた。

 草むしりまですごい速度だ。


「ここは自由に使っていいのですか!?」

「お、おぉ……好きに使ってくれ。ただ、あくまで講義用にしといてくれ」

「分かっています! では……今日は草むしりと土づくりだな。フラム、ツティを呼んでくれ」

「はーい……あ、でもゲートを開けてくれないと、あの子一人じゃここまで<テレポート>できないよ?」

「分かった。じゃあ、俺が開けよう」


 わしとティアナを置いてけぼりに、空間に<テレポート>の空洞が空いた。

 数える限り、今日だけで三度目だ。

 規格外のファーマーだと分かってはいたが、度が過ぎている。まあ、だからこそこの学校に呼んだわけだが。

 ここではどう頑張ってもひ弱な講師では務まらない。

 少なくとも生徒と張り合えるほどの強さがなくてはだめなのだ。


「ツティ、また呼んですまないな。土壌改良をしたくてな」

「……いつでもOK。あっ、何か来た」

「ありがとう。おっ、お前もかホーネン。手伝ってくれるのか?」

「わおい」


 わしはアンディ殿の言葉と、聞きなれてきたアンデッド語に反応してすごい速度で首を回した。

 視線の先では黒い空洞から伸びるように、煌びやかな指輪をいくつもはめた手が出てきていた。間違いなく骸骨の手だ。

 脳裏にとんでもない化け物の姿が浮かび上がる。


「ちょ、ちょっと待っとくれ! そやつはやめとくれ!」


 強さは必要だが、さすがに限度というものがある。

 このファーマーには最初にその辺をはっきり分かってもらわねばならんだろう。

 

 そうでなければ――

 中庭はすぐに地獄となる。そう確信できた。

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