第33話 貴族の娘は別世界を思い知る
「実戦訓練用の剣でいいのですか? 木剣でも構いませんけど」
「いや、実戦訓練用の剣でどうぞ」
「わかりました」
一体何をやらせたいのだろう。この程度なら私であれば木剣ですら余裕だろう。
それにゴボウを切ると言うことに何の意味があるのだろう。
内心で首をひねる。
「では、カレン=レイチェル……抜刀します」
「許可します」
講師が何でもないことのように頷いた。
校内での抜刀は禁止されている。魔法の行使が禁止されていないのは授業でよく使うからだろう。
もし必要に応じて抜刀する場合には名前を名乗ったうえで行うのがルールだ。
私は柄に手をかけ、支給された剣を抜く。
金属のこすれる特有の音が静まり返った室内に凛と響き渡った。
数人がごくりと唾を呑みこむ音がした。
「タイミングはいつでもいいのですか?」
「任せます。切れると思ったタイミングでどうぞ」
この学校で最強に等しい私が剣を抜くことに恐れを抱かない生徒はいないだろう。
剣と魔法の腕にかけては同学年では比較にすらならない。
目の前には長いゴボウ。
色は黒に近い。節くれだったような変わった外観。
柄に両手をかけ、上段に構えた。
一瞬、ゴボウ相手に何を真剣になっているのだろうと自嘲する気持ちが湧きあがったが、今は飲み込む。
そして、ただいつも通り、いつもの力で剣を振り下ろした。
――――キィィィィィッッン
響いたのは金属音。
何が起こったのか分からず空いた時間。
遅れてやってきた手のしびれ。
私は真綿に水が染みこむように、目の前の事実を理解した。
「――っ、嘘……」
皮は切れた。
直径の三分の一に刃は入った。
だけど――
「き……れてない。ただのゴボウが……」
両端を黒い木製の台に支えられた枝のような野菜が目の前に居座っている。
一瞬で顔が沸騰した。こんな野菜程度を切れないのかと自分で揶揄した。
私は全力で押し切りに変える。このまま断ち切ってやろうと。
でも、刃は金属の繊維にでも当たったようにぴくりとも前進しない。折れることもない。
私の背後で、「え? マジで切れてないの?」と不思議がった男子の声が聞こえた。私は再度、上段に構え、全力で同じ箇所に振り下ろす。
だけど、結果は変わらない。
隣で神妙な表情で見ていた妖精たちが、口々に感想を漏らした。
「うーん……やっぱ学生じゃ切れなかったかぁ……」
「でも、剣は折れなかったわ。フラム姉さんの見立て通り、ゴボウはちょうどいいくらいだったわね」
「いやー、でもこの子すごいッスよ。ただの剣で半分くらい切ったッスよ。かなりの達人?」
「……将来有望」
どの言葉もまるで私が切れないことが当たり前の感想だ。
愕然としたまま、講師の方を振り返る。
このままでは到底終われない。私にもプライドがある。
「アンディ先生! もう一度やらせてください! 今度はこれでっ!」
「ん?」
私は自分のアイテムボックスから一振りの剣を取りだした。宝石をあしらった鞘に包み込まれた高価なもの。
昨年の誕生日に買ってもらった風属性を帯びた魔法剣だ。
切れ味が落ちないうえ、威力は段違いの一本。冒険者の人達でもなかなか手に入らない代物だ。
もう一本普段使い用のものもあったが、迷わずこちらを選んだ。
「……構いませんが、別に切れなくても問題ないので、あまり無茶はしないように」
「はいっ!」
即座に抜刀した。名乗りを忘れたけれど、誰も何も言わなかった。私の異様な雰囲気を周囲が感じたのかもしれない。
強く両手で握り、マナを一気に流し込む。
今できる最大量だ。精神を統一し、一度呼吸を浅く吐いた。
そして――
「やぁっ!!!!」
全力で振り下ろした。
薄緑のマナを纏う白銀の刃が――
「…………っ!!」
見事にゴボウを切断した。先ほどと寸分の狂いも無い位置に刃が振り下ろされ、抵抗を何とか断ち切ったのだ。
ゴボウが、らしからぬ音を立てて、床に転がる。「おぉっ!」と妖精の誰かから賞賛の声が漏れた。
刀身に込められたマナが溶けるように消える。
「すばらしい! 見事じゃ」
アルノート様が、大きな声を上げて拍手をした。すぐにクラス全員からも拍手が上がる。
いつもの私なら振り返って片手でも上げているところだ。
当然でしょ、とばかりに。
でも――
背中にびっくりするほどの冷や汗をかいていた私は、そんな当たり前のことすら、できなかった。
危なかったのだ。
一瞬切れないんじゃないかと思わされた。
だから――
「…………これは、なに?」
床に転がったゴボウを前に、私はそれ以上の言葉が続かなかった。
***
「みなさんも驚いたことだと思います。野菜とは育て方次第でこんなにも固くなることができるんですね。そして、そのゴボウを二度目で難なく切ってしまうという素晴らしい剣術でした。彼女はきっと達人なのでしょう。えっと……名前は……」
「…………カレン・レイチェルです」
「レイチェルさんに、再度拍手を」
名前を知らないことに少し苛立ったが我慢する。
今の自分は冷静には程遠い。口を開けばろくな言葉が出てこないと思った。
まばらな拍手を受けつつ、私は剣を納め、階段を上って自分の席に戻る。
途中、したり顔でウインクをしてきた友人に引きつった顔で笑顔を返した。
乱暴に腰かけ、今あったことをもう一度振り返る。
「……少なくとも、普通の剣じゃダメだったわ。確かに昨日手入れをした……なのに……」
刃こぼれの可能性もあるが、そうではない。
普段モンスターと戦う時に使う剣は別のものだ。支給品はほぼ新品に近いはず。
頭を悩ませていると、周囲がざわめいた。
講師が再び<テレポート>を使ったのだろう。空間に暗い穴が口を開けている。
「どうなってるのよ……<テレポート>って超高等魔法のはずでしょ。ファーマーがどうして立て続けに使えるのよ」
苛立ちをぶつけることもできず、私は小さく毒を吐く。眼下では妖精たちがゲートに飛び込んで、テーブルを運んでいるようだ。
長テーブルが、二脚。
その上にはバラバラの大きさの小皿が所せましと並べられている。
次は何が出てくるのだろうと、生徒が腰を浮かせて小皿を見下ろしている。
一口サイズの薄緑色の丸い実だ。
「野菜の可能性第二段を体験してもらいます。ブドウだから果物だろうという意見もあるでしょうが、まあ細かいことは気にせずに。一斉に食べてもらいますのでしばらく我慢してください。では、みんなよろしく頼む」
「「「「はーい!」」」」
四色の妖精たちが、小皿を両手に抱えて生徒たちの間を縫うように飛ぶ。
無表情で皿を渡す土妖精もいれば、「これはうまいッスよー」と勧めながら渡す妖精もいる。
印象的なのは「どうなるかなぁ、どうなるかなぁ」とにやにや笑いながら飛ぶ火妖精だ。妖精とは思えないいたずらっ子に近い顔。
私は何となく嫌な予感を覚えてしまう。
「あっ、わしは遠慮しておこう」
水妖精がアルノート様にも渡そうとしたようだ。
丁重に皿を返しているようだけど。
ますます嫌な予感がする。
「えっと、全員行き渡ったようですね。では、野菜の可能性……次は味です。号令をかけますので、一、二、三で口に放り込んでください。果汁が垂れるのでみなさんは歯に刺さないように」
「誰がそんなことするんだよ」
後方で苦笑いの男子が突っ込んだ。何人かが「そりゃそうだ」と賛同した。
ブドウの食べ方を知らなくても、さすがにそれはないと私も思う。
「ではフラム、頼む」
「はーい! じゃあ、みんな準備できたかな? いくよぉ? いちっ、にぃー、さんっ!」
段々慣れてきたとはいえ、講師と妖精の魅惑の声に促されると逆らえないような気になってくる。
室内の全員の生徒が、見事に火妖精のリズムに合わせ、ブドウの実を一息に放り込んだ。
何十人が同時に噛むと不思議な音がするものだ。
そんなどうでもいい感想が浮かんだ瞬間――
私は暴力的な甘味と体の中をかけめぐった何かに誘われ、人生で初めての気絶を経験した。
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