第32話 貴族の娘はやりすぎファーマーを少し知る
暗く黒い穴から、まばゆい赤い光とともに小さな何かが飛び出て来た。
よく見れば教科書で見たことがある妖精だ。
小さな小さな体に赤いマナを纏い、講師の頭上を旋回する。
「まずは火妖精のフラムです」
「うそっ……ほんものっ!?」
呆気にとられる私はさらに驚いた。今度は水色の光が現れたからだ。次々と輪を作りながら、赤い光と協力するように室内を飛び回る。
「続いて、水妖精のミジュ」
生徒の誰もが感嘆の声をあげた。
まだ終わらない。
緑色の光と黄色の光の塊が、揃って飛び出した。交互に位置を変えながら、流れ星のように天井すれすれをジグザグに移動する。
妖精の国にでも迷い込んだようだ。
「そして、風妖精のゼカと土妖精のツティ」
「四人も……」
四色の光が最後に揃って大きく室内で輪を描いた。
そして、手を繋いだ状態で講師の足下に一糸乱れない見事な着地。
教室の後ろの方に座っていた生徒が、本当に妖精か、と腰をあげて教卓のあたりを我先にと覗き込んだ。
私もまじまじと見つめる。
「信じられない……」
小さな体。属性に応じた髪の色。人間離れした人形のような精緻な顔と一人一人違う髪形。人生で出会うことすら困難だと言われる妖精たちだ。
そんな彼女たちが、超高等魔法の<テレポート>から出てくる。もう異常すぎてわけがわからない。
のんきな生徒の間では「かわいい」なんて言葉が飛び交っている。
愛想の良さそうな火妖精が、代表してその小さな手を振ると歓声があがった。
「人間には協力しないんじゃなかったの……」
今まで学んだことを思い出す。
妖精から見れば人間はとても小さな存在だ。だからこそ、加護を与えてもらえればとても幸運だし、出会うだけでもついている。
そもそも目の前に姿を現すことすら珍しい。
けれど、明らかにこの妖精たちは講師の合図で出てきた。
協力してやっているぞ、という主従関係にはまったく見えない。
「――っ、あっ、こらっ! あなたは出てこないでって言ったでしょ!」
「ちょっ!? 出てくるなッス!」
「……出番なし」
混乱する私を余所に、突然三人の妖精が飛び上がった。
にこやかな表情とは打って変わって誰もが眉をひそめている。特に水妖精の慌てぶりが目立つ。
そして――
「<エアバースト>!」
「……<サンドバースト>」
「<アクアバースト>! 主様っ! 早くゲート閉じてくださいっ!」
三人の妖精の高位魔法と思しき魔法が黒い穴に立て続けに放たれた。
さらに出て来ようとした『何か』に向けてなのだろうか。妖精の使う魔法は桁外れに強力のはずだけど、大丈夫なのだろうか。
私の後ろの席で、男子二人のひそひそ話が聞こえた。
「……今、骸骨の腕っぽいの見えなかった?」
「なんか見えたような気がしたけど……骸骨かどうかは分かんねえ。それより、あのフラムって妖精可愛くね? ちっこいけど」
「え……俺はあの無表情な土妖精がいいな」
少し耳を傾けたが、得られた情報は『骸骨』という単語だけだ。
おそらく見間違いだろう。
妖精に骸骨妖精がいるとは考えにくい。それは妖精じゃなくてアンデッドだ。レア云々じゃなくて現れただけで生徒の命に関わる。
ありえない。
「……みんなやりすぎじゃない?」
「フラム姉さんはあいつの恐ろしさを全然分かってないわ」
「そうッス! あんな通常魔法じゃ涼しい顔するんスよ!?」
「……歩く災害」
あれが妖精なのだろうか。やり取りが学生のようだ。
教科書で描いていたイメージとは大分異なるフランクさ。
後ろで苦笑いしていた講師が「静かに」と告げると、四人の妖精はぴしっと表情を引き締め、また前を向いた。
まるでモンスターテイマーのようだ。
ますます講師と妖精たちの関係が分からない。
「改めて紹介します。四妖精の姉妹たちです。皆さんから見て右からフラム、ミジュ、ゼカ、ツティです」
「よろしくねー!」
再び火妖精が代表して手を振った。まとめ役っぽい雰囲気だ。
名前が安直に聞こえるのは……たぶん偶然だろう。
「普段は私の畑作業の責任者としてがんばってくれています。最近は部下も増えて忙しい身ですが、今日は初の授業ということもあり協力してくれています」
「あの……妖精は人間には協力してくれないって聞いたんですけど……」
左前に座っていたポニーテールの女子がおずおずと手を上げた。リリアンナ=コレットだ。確か実家が大きな農園を運営している。妖精の加護は喉から手が出るほどに欲しいはず。
講師が静かに首を振った。
「決してそんなことはありません。真剣に頼み込めば彼女たちも分かってくれます。まあ個人差もあるので絶対ではないですが」
「主様の場合は頼み込んだって感じじゃなかったけどねー」
「フラム、今は授業中だ」
「はーい……ごめんなさい。でもでも、ちゃんと教えといてあげないと――」
火妖精がふわりと飛び上がって黒板にチョークで文字を書き始めた。
あまりきれいとは言えない字で書かれた言葉は、
――『Danger』
コレットがぽかんと口を開く。
私もまったく同意見だ。『危険』とはどういうことなのか。
残りの妖精たちが静かにつぶやく。
「姉さん……それ書く意味ないでしょ」
「いやー、一回やってみたくてさー」
「時間の無駄ッス」
「……同意」
「あの……何が危険なんですか?」
火妖精が頭を掻きながらチョークの先を女子に向ける。
「えっとね……あんまり無茶を願うと、妖精の機嫌を損ねて危険ってことを言いたかったの。特に長く生きてる妖精ほど、人間を下に見るからね。お仕置き程度の気持ちで魔法を放つ子もいるんだけど……人間の大半はそれだけで死んじゃうこともあるから。だから気をつけてねってこと」
「アンディ先生の場合はそうじゃなかったんですか?」
「主様の場合はね……まあ何て言うか出会ったときから例外中の例外みたいな感じ。たぶん説明しても信じてもらえないんだけど……」
説明に窮するフラムさんに思わぬ人物から助け舟が出る。
アルノート様だ。
「まあ、今は出会った時の話は置いてくれんかの。コレット君も気になるなら後でアンディ殿に直接聞いとくれ」
「……はい」
「ということで、次に進んでくれるかの?」
講師が頷き、再びアイテムボックスから何かを取りだした。
異常に長いがゴボウだろう。
続いて、黒い木でできたような腰の高さほどの台を二つ並べる。
「今日は野菜の可能性を試してもらいたいと思います。みなさんは普段から剣術を嗜むそうですが、このゴボウを切れる方はいますか?」
「…………え?」
学生の大半が驚きとも呆れとも聞こえる声をあげた。
けれど、講師は当たり前のような顔で台に長いゴボウを乗せる。
「少々大げさとは思いますが、妖精たちは口を揃えてこう言います。『剣でこのゴボウを切れれば達人クラス』と。それほどに固いそうです。アルノート殿も見てくれていますので、我こそは……という人は挙手を。剣に自信のある方はいますか? もちろん普段使っている剣で構いません」
名実ともに有名なアルノート様。
その人の前で実力を見せるのはいい機会だ。
そして、何よりこの授業が始まってから驚いてばかりなのは少し気に入らない。
ゴボウだか何だか知らないけれど、あっさりと切って講師の鼻をあかそう――そう思って私は迷いなく片手を挙げた。
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