第31話 貴族の娘は度肝を抜かれる

 私はカレン・レイチェル。四大貴族の一つ、レイチェル家の次女だ。

 幼少から恵まれた環境で育ってきたおかげもあって、学校の成績はほぼトップ。落ちても上から一桁。戦えば上級生の中でもトップ。

 天才と呼ばれている。

 お父様も、周囲の人間もそういう目で見るから、私はいつも恥じないよう努力をして、地位を守り続けてきた。

 今まではそれが普通だった。

 でも、少し努力しただけで何でもこなせる私は、周囲の目がだんだんと鬱陶しくなってきた。

 そんなに羨ましいなら、なぜ勉強をしないのか。強くなりたいなら鍛錬をすればいいじゃない、と。

 ――羨ましがるだけでは、伸びないわ

 自分の発言がだんだんとそういう思いから高飛車になってきていると自覚している。

 なぜこうなったのか、理由は分かっている。

 それは、私が目標を見失っているからだ。

 入学当初は学校でトップになってやる、という目標があった。でも、今は無い。

 お父様に相談したら、ルネリタさんという歴代でも突出していた卒業生を目標にしたらどうかと言われたけれど、そもそも出会わない人を空想で相手にするのは難しい。

 一度手合せする機会があれば、とは思うけれど。

 魔法でも、剣術でも、勉強でも、何でもいい。

 何か、私に刺激を与えてほしい。

 この一週間、何か得られるものがないか必死に授業に耳を傾けてきた。でも、何もなかった。ただの繰り返しだ。

 次の授業を終えれば明日はもう休日だ。

 私は、そんなささくれ立った気持ちで、話しかけてきた友人の言葉に突っ伏していた顔を上げた。


「レイチェルってば、次の授業興味無いの?」

「あるわけないでしょ? いくらアルノート様がすごい方だからって、同じ話を何度も聞かされれば嫌になるわ。また四天王の討伐の話から始まるのでしょうし」

「あれ? もしかして知らないの? 次の授業の前に特待生の紹介があるんだよ。しかも、今日から新しい講師が来るみたいよ?」

「え? …………ほんとに?」

「うん。講師室でそんな話しててさ……結構若い感じの講師が他の講師に挨拶してた。おじいちゃんの後任ってことらしいよ」

「ふーん……」

「あっ、興味無さそう」

「だって、また農業とか作物の作り方とかでしょ? これから大事になるのは分かるけれど、興味は無いわ。まずは強くないとお話にならないもの。いくら作ったって奪われればおしまいだし」

「レイチェルは相変わらずきついなぁ。そんな難しい話じゃなくって、単にどんな講師が来るのか気にならない、ってことなんだけど。若い講師って珍しいじゃん」

「若いってどのくらい?」

「見た感じ二十代は間違いないと思う。…………興味出た?」

「いいえ」

「つれないなぁ。周りにいい男がいないんだから、ちょっとは情報抑えとかないと」

「…………そういうのは早いわ」

「もったいない。レイチェルは外面だけはいいんだから、言い寄れば誰でも落とせるのに。成績も容姿も実家も最高」

「実家は関係ないでしょ」

「それを言えるのはレイチェル家だからだって。うちなんていつ取り潰しになるやら……って講師と特待生が来たみたい。時間ぴったり」


 ホリーはそう言うと身を翻し、階段状に設置された座席の間をとんっと降りて自分の椅子に腰かけた。

 わくわくしている様子が背中からも見て取れる。

 なぜそんなに楽しいのだろうか。授業内容はさほど変わらないだろうに。

 特待生が入ったとしても、この時期だ。たとえ優秀でも魔法学校の難易度は並ではない。田舎の学生程度では授業についていけるかすら怪しい。

 私は冷めた目で扉を開けて入ってきた人物を見下ろした。



 ***



 先頭によく知るアルノート様。続いて一人の少女。最後に短い茶髪の男だ。

 少女は明らかに田舎娘。はやりの薄化粧もしていない。取り立てて特徴の無い人間だ。ただ、全く緊張していないことはその顔つきで分かる。

 にこにこと笑顔を絶やさない。案外、こういう経験があるのかもしれない。

 男の方はホリーが言っていた通り若い。三十代には入ってないだろう。日焼けした肌が印象的。

 前のおじいさん講師と比べると多少面食らうほどの精悍さだ。

 一つ下の席で、ホリーが「結構いいかも」という嬉しそうな言葉をつぶやいたのが耳に入った。

 アルノート様が一歩前に出て、口を開いた。

 歴戦の猛者だけあって、あの年齢でも声の通りがいい。


「今日は、お主たちに仲間を紹介する。それと、今までわしがしゃべっておったこの時間を新たに担当してもらうことになった講師も紹介する」


 室内がざわめいた。

 ほとんどが男子たちの特待生を評価する話し声と、黄色い声をあげる女子のものだ。

 そして、私と同じどうでも良さそうな顔で眺める少数派。


「まずは、我が校は特待生としてここにいるティアナを新たに受け入れた。中途入学となるが色々と教えてやってくれ」

「ティアナです。わからないことばかりですが、よろしくお願いします」


 凛とした声が室内に響いた。淀みの無い台詞。魅力的な音色。

 何も気づかなかった生徒も多いけれど、私は気付いた。

 声に何かが込められている。

 確証はない。けれど、普通の声とは違う異質な響き。

 男子たちの数人から「おぉっ」と小さなうめき声に近い言葉が聞こえた。たぶんとても惹かれたに違いない。

 ティアナと名乗った女子はおじぎをし終えると、アルノート様に促されて一番前の席を案内される。

 その三つ編みの後頭部に熱っぽい視線を送る人間が数人いる。


「では、続いて新しい講師じゃ」

「アンディです。一週間に一度だけですが、みなさんの時間を頂戴します。少しでも為になる話ができれば、と思っています。どうぞよろしく」


 今度はホリーを含む多数の生徒から押し殺した歓声があがる。

 私は思わず立ち上がりそうになった。

 頭にびっくりするような衝撃を受けたからだ。

 何て良い声だ。温かみがあって、包容感も感じさせる。とろけるような声とはまさにこれだと言っていい。

 ――ダメだ。

 必死に頭を振る。

 耳の奥に残るその声を何とか振り払う。

 私には分かる。これは魔性のものだと。

 ティアナと同じ性質だと直感した。この講師は彼女のものを何十倍にもした声を持っているんだ。

 背中に気持ち悪い冷や汗が浮き出た。

 ホリーの横顔は夢心地のようだ。


「……ほんとに人間かしら」


 私は冷静さを確かめるように誰にも聞こえないようにぼそりとつぶやいた。

 一瞬、アルノート様の視線がこっちに向いた気がしたけど、気のせいだ。

 私は無視して睨みつけるように講師を見る。


「ということでじゃ……早速今から講義をしてもらう。第一回目だからの。特に心して聞くように。なお、今回はわしもおぬし等と一緒に講義を受けさせてもらうからの」


 熱が冷めやらぬ生徒の間を縫って、身軽な動きで階段に足をかける。

 そして適当な席にどかっと腰を下ろしたと思えば、講師に向けて片手を挙げた。

 始めていいという合図だろう。

 アンディが教壇の中央に進み出た。


「では、改めて……普段私は農業に携わっています。しかし、農業とは規模が大きくなれば一人ですべてをこなすことは不可能であるため、私も日々、多様な仲間の手を借りています。今日はそんな仲間をまず紹介したいと思います」


 アンディはそう言い終えると廊下とは反対側の窓を見た。

 釣られて全員が顔を向ける。

 すると――


「<テレポート>っ!?」


 なんだあれ、と困惑する生徒の中で、私は叫ぶも同然で立ち上がった。

 室内にぽっかりと黒い穴が浮いていたからだ。

 昔、一度だけ見たことがある。移動時間をほぼ無にする超高等魔法だ。

 私は驚愕の想いで横顔を眺めた。

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