第30話 やりすぎファーマーは勧誘される

「お断りする」

「待っとくれ! せめて話を聞いてくれんか!?」

「申し訳ないのですが、私も畑仕事で忙しい身です。授業に時間を割く余裕はありませんので」

「うちの魔法学校は有名じゃ。講師になれば箔がついて野菜が売れるようになる。有名にもなる!」

「私は売るために野菜を作っているわけではありませんし、知名度も必要ありません」


 必死に食い下がるアルノートさんを、少し苦々しい表情でちらりと見た主様。興味が無いというより、苦手そうな顔って言った方が近いかな。

 野菜改良に何より全力を注ぐ主様には、アルノートさんの言葉は少しも響かないだろうなあと思って気の毒だったんだけど……なんであんな顔を?

 不思議に思っていると、おじいさんはさらに詰め寄っていく。


「では、何の為に作っておる?」

「…………私の個人的な栄光のために。そして、将来の農業の礎を少しでも作るために」

「……なんと」


 主様がやれやれとため息をついた。

 これはびっくり。人前でこの話をするのは珍しい。畑仲間でもたぶん妹たちにしか話していないはずなのに。

 うちは思わず尋ねてしまう。


「主様……どうしておじいさんにそこまで話すの?」

「……フラム、この方は俺と違う分野で酸いも甘いも経験している。何かを極めたという誇りが伝わってくる。そういう目だ。そんな人がまだまだ半端な俺を勧誘してくれているんだ。断るにも礼儀はある」


 アルノートさんがそれを聞いて「ほぉ」と感心したようにつぶやいて、小さなため息をついた。


「……すまんかった。名声や金なんぞを餌にしてしもうた……許してくれ。わしの学校で授業を、と言ったが、内容に縛りはかけん。野菜についてでも、畑仕事についてでも、何でも構わん。要は、学生に戦闘技術以外のことを教えてやってほしい。前任が辞めてしもうて、今はその授業が無いんじゃ。教えるのはまだ若い者たち……将来の農業の担い手になっていくかもしれん。そんな連中にお主の知識と経験を少しでも分けてやってくれんかの?」

「…………私には学がありません。歴史も文学も、からっきしです。一般人にも程遠い」

「わしもレジェンド野菜を食べさせてもらった。長い人生の中でよろめくほどに美味いものだった。学なんぞ無くとも、これだけの作物を作れる。授業をする資格は十分にあるとわしは思っておる」


 アルノートさんが、目を合わさない主様の横顔に語りかける。

 すると、黙っていたシロトキンさんが恐る恐る口を挟んだ。


「アンディ様……私からもお願いしたいです。あの学校は私の田舎から通う者もいる。そんな学校にあなたほどのファーマーが教鞭を取るとなれば……それは夢のような話だ。未来のある若者に、是非話を聞かせてやって欲しいと思います」

「シロトキンさんまで……しかし、私は授業などやったことがない……何を話せばいいのかまるで見当もつかないんです」

「……いいんじゃない? 主様が思うこと教えてあげれば。それでダメなら辞めちゃったらいいじゃん。どうなるにしろ、これからの農業の礎にはなると……うちも思うよ」

「フラム……」


 いい話だと思うなぁ。

 畑仕事も悪くないけどさ……うちら妖精と違って人間の寿命は長くないし、経験できる時に経験しとくのもいいんじゃないかな。

 それに、もしかしたらすっごく優秀な生徒がいて、主様に懐いちゃったりして、第二の主様みたいになるかもしれないし。

 そしたら……美味しいトマトが今の倍はもらえたりするかも。てへっ。


「……分かりました。将来の農業の繁栄の力となるのなら、断るわけにはいきません。ですが、何分分からないことだらけなので是非力を貸していただきたい」

「もちろんじゃ。最初は生徒との雑談でも構わん。あれだけの野菜を作れるからには、お主の経験を聞かせてやってくれるだけでも為になる」

「わーい! 主様の授業ってどんなだろう? うちも行くよ! 妹たちも連れてこよっか!」

「待て待て。ミジュたちを連れてきてしまっては働き手がいなくなるじゃないか」

「ホーネンがいるじゃん! とっても優秀でしょ? ね?」

「わおい」

「…………まだ、経験が浅すぎるぞ」


 主様はすまし顔で頷いたホーネンに苦笑いをする。

 すると、がたんと椅子を揺らしてティアナが立ち上がった。目がらんらんと輝いている。


「あのっ――私もその授業聞いてみたいです! アンディさんの授業に興味あります」

「――っ、ティアナ! あの学校にはとっても難しい試験があるんだ」

「……そんな」


 シロトキンさんが悲壮な顔のティアナの肩に手を置いて、「とても無理だよ」と言い聞かせるようにつぶやいた。

 でも、一人の人物がにやりと笑いながら事もなげに言う。


「特待生で入れてやればいいんじゃねえの? なあじいさん。あんたの権限でどうとでもなるだろ?」

「…………どうとでもなるが、授業についていけるかの?」

「授業についていけるかどうかが将来に関係あるかい? 少なくともあんたの目の前の元弟子は全然話にならなかったぞ?」


 ヒューが椅子を斜めに傾けながら、ポケットに両手をつっこんで肩をすくめる。思い出し笑いをするようなアルノートさんの含み笑いが聞こえた。


「ティルが言うと説得力が増すのう」

「だろ? 何になるのかなんて決まってないから面白いんだ。一人くらいいいじゃねえの。ティアナの肝の据わりっぷりは俺が保証する。……その年齢でアンデッドに命令できるやつは学校に一人もいねえよ」


 アルノートさんが、じろりとイエローワンとブルーワンを睨め付ける。とっても力のある目。でも二体はぴくりとも反応しない。

 代わりにホーネンの赤い光がぎょろりと蠢く。

 視線が合うと、アルノートさんがゆっくりと頷いた。


「……良かろうて。中途入学の特待生にしとこうかの」

「やった! ありがとうございます! ヒューさんもありがとうございます!」

「……気にすんな」

「だが、授業に追いつくには相当の覚悟はしといて欲しい。補習は免れんぞ?」

「はいっ! 全力でがんばります! アンディさんの授業も楽しみにしてます!」

「期待に応えられるようにはがんばってみよう」


 偉人、冒険者、商売人、ファーマー、そして骸骨が三人。

 奇妙な集まりの中心で、ぴょんぴょんと喜びに飛び上がるティアナはいつまでも笑顔が絶えなかった。

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