第29話 商家の娘は気を遣う

「失礼するぞ」

「いよっ、ティアナ、久しぶり」


 白いひげのおじいさんとヒューさんが私たちの店に入ってきた。

 今日はこの二人のために臨時休業としている。


「初めまして……だの。魔法学校の校長をやっておる、ユリウス=アルノートという」

「セドリック商店のティアナです」


 私はぺこりと頭を下げた。

 とっても有名なアルノート様がまさかレジェンド野菜を買いにきたおじいさんだったなんて。一口食べて倒れなかったことはよく覚えている。

 こんなにきさくな方とは思ってもいなかった。


「まだ来ておらんようだの」

「はい。でも約束は必ず守る方なのでもうすぐ来られると思います。奥で父が待っていますのでどうぞ……」

「…………ではのんびりと待たせてもらうとするか。伝説のファーマーを……」


 屋根の上でヒューさんと会ったあと、私たちは話をした。ヒューさんとアンリエットさんが泥棒の一味とはどうしても思えなかったからだ。

 ブドウをアンリエットさんの口に押し込んだ際、少し吐き出してしまったのを、お腹を殴られたと勘違いしていたヒューさんは、なかなか警戒を解いてくれなかった。

 でも、アンリエットさんが目覚めてそうじゃないとはっきり否定したことで、わだかまりは解けた。

 もちろんアンデッドの二人が力で抑え込んでしまったことには、必死に謝罪した。だって、謝りなさいって言っても「がqのつあうぇあ」とか言わないんだもん。

 なんとなく謝っているんだろうなーとは思ったけど、歯にブドウを刺したままだし、頭も下げないから偉そうに見えちゃう。

 おかげで、「実はネクロマンサーじゃないのか?」なんて怖い目で睨まれたりもしたし。

 でも、そこでイエローワンがヒューさんにブドウを追加で渡して場を和ませてくれて……やっぱり、アンディさんの部下は優秀なんだと思う。

 で、その後、落ち着いて話をしたら、二人はレジェンド野菜で悪いことを企んでいると思って偵察していたことを知り、私はそれを必死に否定したりして……あの日はお別れとなった。

 そしてその翌日、ぶらりとヒューさんが店先に現れた。

 なんでも、アルノート様が直々に会って話がしたいと言う。

 あの『人類の懐刀』すら一目置く存在。アンディさんはすごい。

 あの人には何か秘密があるんだと、ドキドキした。



 ***



 何となく空気がざわついた感じがした。

 雑談をしていたアルノート様が、一瞬表情を険しくして店先を見た。遅れてヒューさんがガタンと椅子から立ち上がる。


「……信じられん。<テレポート>を使うファーマーとは。どおりで見つからんはずだの」

「Aランク……いや、アンデッドを従えているくらいだ……もっと上か?」

「さあどうかの。まあ会ってみれば分かる」


 経験で私にも分かる。店先に誰かが入ってきた気配だ。

 迷うことなく奥に歩いてくる。でも今日は静かだ。いつもなら挨拶を欠かさない人なのに。

 もしかすると、アルノート様たちの気配が分かるのかな。

 アンディさんはすごい人だから当然かも。


「……じいさん、嫌な気配がするぞ。まずいんじゃ……」

「相変わらず判断が早すぎるの。ここは魔王城でも何でもない民家だ。どうとでも対応できる。座っとれ」

「だが……この感覚……びりびりきやがる」

「…………来たの」


 小さなドアが音もなくこちらに開かれた。

 待ち人がぬっと姿を現す。黒いローブ姿だ。

 二人がごくりと唾を呑みこんだ音が静かな部屋に響いた。咄嗟に剣を抜きかけたヒューさんをアルノート様が手振りでやめさせる。


「…………嘘だろ。マジか」

「その可能性もあるとは思っとった…………人間だけが野菜を作れるわけではない、と」


 どぎつい輝きを放つ金の王冠。黒いローブにこれでもかと縫い付けられた宝石。

 手には巨大な宝石をはめ込んだ捻じれた杖。

 まさにアンデッドの王が堂々と立っていた。

 暗い眼窩に浮かぶ赤い光がぎょろりと蠢き、舐めるような視線を感じさせる。


「……アンディってのは生きてた時の名か」

「凄まじい圧迫感。レジェンド野菜の作り手と言われても納得するの」

「…………あのー……この人、違いますけど……」


 私はお二人の緊迫した空気を壊さないように、控えめに小さく声をあげた。



 ***



「初めまして、私がアンディです」

「妖精のフラムだよー!」

「たのつあんqたおいあ」

「……私はアンディではなくホーネンだ、と言っています」

「…………ご、ご丁寧にすまんの。わしがアルノート、こっちが弟子のヒューだ」

「じいさん……通訳できることには突っ込まないのか?」


 痛ましいほどに威厳を失ってしまったおじいさんが、乾いた笑い声をあげた。ヒューさんはぶすっとふてくされた顔をしている。

 そして、小さくつぶやいた。


「……後ろにいたんじゃねえかよ。さすが、じいさんだな」

「気配が凄まじすぎての……だいたいお主も気付いておらんかっただろうが……」

「あのー……それで話と言うのは?」


 罪の擦り付け合いをいつまでもさせているわけにもいかず、私はおずおずと横から口を挟んだ。アンディさんは話が無ければ本当に畑仕事が忙しいと帰ってしまう人だ。今日は無理を言って時間を割いてもらっている。

 アルノート様が、こほん、と一度咳払いをして姿勢を改める。


「えー……まずは……と、とりあえずそちらのアンデッドのことを聞かせてもらっても良いかの?」

「ホーネンのことですか? 私の畑を手伝ってもらっているアンデッドです」

「あtwたおたおうあw、たたたおう」

「……今日は部下の仕事ぶりをチェックしに来た、と言っています」

「…………いや、種族とか……なぜ協力関係にあるのかを知りたいんだがの。あと……刺さっとるブドウ……」

「……それが今日お聞きになりたいことですか? ならばフラムに聞いてください。私は畑仕事があるので失礼させてもらいます」

「ま、待っとくれっ!」


 見事な姿勢ですっくと立ち上がったアンディさんを、アルノート様が反対側から必死に引き止める。

 フラムさんがやれやれといった様子で天を仰いだ。

 こうなったら止められないと思ったのかもしれない。

 だけど、アルノート様はあきらめなかった。お歳とは思えない素早さで入口の前に移動した。


「余計なことを聞いてすまんかった。単刀直入に言うが……わしの学校で授業をやってほしい」

「授業?」


 アンディさんとフラムさんは二人揃って首をかしげた。

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