第2話 やりすぎファーマーの野菜はうまい

「主様、どうぞ」

「ありがとう」


 主様が差し出されたハーブティの香りを楽しんでいる。今日の朝の一杯は丹精込めて作ったカモミールティーだ。

 うちが畑で手伝えることは多くない。色々とぶっ飛んだ主様の畑作業に火妖精の能力は役立たない。

 姉妹たちのようには貢献できないから、うちはこの朝の一杯に全力を注ぐ。

 陽の昇らないうちから畑仕事をした主様の癒しになれるように。今のところはとても喜んでもらえている。

 あと、一応はみんなのとりまとめ役。


「いい香りだな。それに、先週より香りが豊かになっている……」

「少しだけ土を改良してみたの」

「そうか。さすがフラムだ。味もいいな」


 嬉しそうに目を細めた主様が、二口、三口と口を付けた。うちも釣られて微笑んだ。

 そして、目を通していた新聞を差し出す。


「見てみろフラム、ようやく新聞に載ったぞ。どうなるか冷や冷やしていたが……これで肩の荷が下りた」


 主様がざらついた紙の一面を広げて見せた。そこには大きな見出しが載っている。


 ――長年の恐怖統治終焉! 魔王、討伐される!


 でかでかと黒文字でそう書いてあった。内容を読めば、有名な勇者パーティがついに魔王城を制圧し、魔王に致命的な一撃を与えたとある。

 殺したと書いていないのがポイントだ。

 だって――


「主様がやったって言わなくて良かったの?」

「構わない。俺はファーマーだからな。魔王を倒そうが、勇者が代わりに有名になろうが興味はない。これで世界中の皆の目が、戦いではなく農業に向いてくれればそれでいい。これからは生み出す時代だ」


 この通り、まったく興味が無いらしい。

 うちは倒された魔王がどれだけ恐ろしいやつだったのか身をもって知っている。

 妖精の里の間近に魔王城があるからだ。日々びくびく過ごしていた。

 でも、そこにふらりと主様が現れて――

 諸悪の根源は貴様だな、と一言だけ言い残してカブを投げつけた。

 ミノタウロスと違って頭に向けてね。

 まあ、結果は言うまでもなくて……魔王の頭、ザクロみたいになってた。

 自分の目が信じられなかった。

 魔法を込めた伝説のアイテムをすごいスピードで投げたんだと思ったのに……カブって聞いてドン引き。

 最初は魔王とグルじゃないかとまで思った。

 

「……新聞に載るほどの大事件になるとは。フラムの読み通りか……さすがだ」

「い、いや……魔王が死ぬって大事件だから当然だって」

「そうなのか? 確かに農業の繁栄を阻むやつは重罪だからな……それもそうか」

「全然違うから」


 ダメだよこの人。

 歴史的大事件を農業につなげてしか考えてないもん。どれだけの人間が返り討ちにあってきたか全然理解してない。

 固いカブで倒しました、とか言っても誰も信用してくれないだろうけどさ……言うのもちょっと恥ずかしいし。

 

「しかし、フラムの言う通りだったな……放っておけば誰かが倒したことになる、と。間違って魔王の死体を肥料に変えてしまった時は慌てたが、なぜそんなことが分かったんだ?」

「妖精の勘……かな?」


 ってそんなわけないでしょ!?

 長寿命の魔王が簡単に死ぬわけないから。

 隠してても、いなくなったって噂は絶対に流れるし、そうなったら人間は人類最強と名高い勇者あたりが倒した、って言い張るに決まってるじゃん。魔王の武器がその場に残ってる以上は証拠も手に入るし。


「でも主様、うちは主様が倒したと言っても良かったと思うけど」

「そんなことをすれば畑の場所が明るみに出るかもしれない。畑の秘密に気付けば、次から次へと盗人が押し寄せるだろう」

「そ、そうだよねー」


 なんで魔王を倒したら畑の秘密泥棒が来る話になるなんだろ?

 違うって……

 倒してくれてありがとう、って言う人たちに大人気になるんだって!

 ってこの人はそういうのどうでも良さそうだから言わないけど。

 それに……この主様が守る畑に泥棒来ると思う?

 魔王をワンカブで倒せるファーマーが陣取る畑だよ?

 知ってるやつは絶対近付かないわ。


「ほぉ……今週はずっと晴れが続くそうだ」


 ページを数枚めくり主様が嬉しそうに頬を緩めた。

 週初めに当たる今日は新聞に天気予報が掲載される。嵐が来ないことを心から喜んでいるのだ。

 天気に左右されるのは当然だからね。

 でも――

 主様の畑の野菜は嵐程度でどうこうならない。

 改良に改良して、土には色々と特製の肥料まで撒いて。

 監視はやばいやつがしてるし、ついでに四妖精の加護まであるこの畑。

 魔王だろうが魔王候補だろうが、嵐だろうが絶対に負けないって。

 だからここは楽園。

 やりすぎる主様にとってはこれ以上ない研究の場で、うちらにとっては中毒になるくらいに美味しい野菜を毎日食べられる最高の場所。

 主様が引きこもり気味なのがすばらしい。

 世の中にこんなに美味しい野菜があるのに、それはうちらにのみ与えられるのだから。

 完成形には程遠いがいいのか――って主様は言うけど、それがどうした! と大声で言いたい。

 だって美味しいんだもん!

 主様の野菜を食べたらもう二度と普通の野菜では満足できないの。うちの体はもう染められてしまったの。


「おっと……もうこんな時間か。そろそろ出なければ間に合わんな」


 主様が時計を見上げた。

 その動作は珍しくはない。

 でも、いつもの時間じゃない。あと二十分は動かないはずなのに。


「主様、どこか行くの?」

「ああ、この前顔見知りになった小売商に会いにな」

「へっ?」


 とても嫌な予感がした。

 主様が外部の人間に自分から会いに行くことなんてないはずなのに。

 思わず声が震えた。


「も、もしかして……その机の上の野菜を誰かに?」

「そうだ。この前会った時に、少しでもいいから野菜を出荷してもらえないかと言われてな。俺としては商品になるようなものではないと何度も断ったのだが、野菜の美味しさを皆に知らしめる良い機会だと言われては断ることもできなかった。まったく……やれやれだ」


 ため息をついた主様だけど、その顔は喜んでいる。うちには分かる。あまり見ない顔だ。

 ナスとトマトが数個。

 気になってたけど、まさか出荷する用だったなんて……。だから念入りに選んで収穫してたのか。

 よりにもよってトマトはやばい。

 あれは食べると意識が飛ぶほどにうまいやつだ。口の中で果汁が爆発する。

 色が悪いとかでイマイチ呼ばわりしてるけど、ほんとに桁違いなんだって。

 あんなものが店に出回ったりなんかしたら、一気に有名になるかも。

 うちの取り分が減るじゃん!? 数が少ないからたまにしかもらえないのに!


「ぬ、主様……今日はちょっと出荷には日が悪いような……」

「フラム、久しぶりの街だがお前も来るか?」

「……えっ? うちも?」

「そうだ。お前もこの前会っただろ? 馬車に乗ってたシロトキンさんだ」

「ああ……あの人……」


 いたなあ。

 森の中でハンターウルフに襲われてた人たち。シロトキンさんを守ろうと護衛の人が必死に戦う中で、主様が平手で叩いて追い払うの見て顔引きつらせてたな。

 そういえば、あの時キュウリを渡したような……あれ繋がりか。

 ああ、もうっ!

 この人は……自分の野菜の価値くらい知っててよね!


「どうだ? 昼食にお前の好きなトマトを出すぞ? いつも世話になっているからな。たまに息抜きもいるだろ」


 口元から白い歯が覗く。

 魅力的な笑顔だ。

 あの中の一つはうちのものなんだ……


「行くぅっ! あとの仕事はミジュに任せちゃっていいっ?」

「いいぞ」


 主様のお許しが出た。

 これで仕事は気にせず――トマトっ、トマトっ!

 あれ? なんか忘れてる?

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