第3話 やりすぎファーマーは街に向かう

「主様、ずーっと走ってるけど大丈夫?」

「大丈夫だ」

「あっ……そう。ちょっと休憩したりとか……」

「俺を心配してくれるのはありがたいが、昼過ぎに渡す約束なんだ。もうすぐ着くから安心してくれ」

「そう…………」


 朝からぶっ通しで五時間以上走ってるんですけど……肩に乗るうちのお尻が痛い。

 でも、乗ってないと追いつけないし……つらい。


「そういえば主様って<テレポート>使えたよね?」


 こくりと頷いた主様が、足を止めることなく、木々を縫うように飛び跳ねている。木漏れ日がすごい勢いで入れ替わっていく。

 たぶん精霊が空を飛ぶより早い。

 一直線に走っていないはずなのに異常なスピードが出ている。しかも少しも方向に迷わない。

 ……本当に人間なんだろうか。


「悪いな。使えるようになってから一度も街に行ったことがないんだ」

「そうだっけ?」


 <テレポート>は一度行った場所へ転移する魔法だ。距離に応じてマナを大量に消費するけど、移動には最適だ。

 主様は本当にすごい。

 魔法使いでも何でもないのに、この転移魔法を難なく使いこなせるようになってしまったのだ。

 しかも、「なんとなく」で使えるようになった天才。本人は無自覚で興味もないみたいなんだけど。

 ちなみに使いたくなった理由を聞いてみると「湧水汲みにかかる時間が、畑仕事の時間を少なくするから」だって……主様、山を越えて水汲みに行くからねー。水妖精に頼り切るのは良くないとか言って。

 最初は、木から木へどんなダッシュが早いか研究して、その後、幹を蹴って飛ぶように移動する手法を何度もやっていたら転移するようになった……らしい。

 むちゃくちゃすぎ。

 ちなみに、「畑仕事の合間に何度か練習した」とか言ってたけど、絶対に同じ練習ではできません。

 この人、無理とかしんどいって感じる基準が高すぎるんだよね。


「もし、シロトキンさんに次も出荷してほしいと言われたら、<テレポート>で時間短縮をしたいが……この距離だ……俺のマナが足りるか心配だな」


 その割に時々心配性。

 でも、それも大丈夫。

 主様のマナって底が見えないもん。精霊って人間のマナの最大量が分かるんだけど、この人のは全然分からないし。

 目を細めて横顔からじっくりマナを読み取っても……まったくダメ。


「おっ、ようやく見えたか。予定よりは一時間も早く着いたな。今日は運がいい」

「運じゃないと思うけど……」


 まーた足の筋力上がったのかな。

 <テレポート>を覚えてから一か月くらいだから、この一月の間におかしい成長したんだろうなぁ。

 そう言えば、魔王城の周辺の大木運んでログハウス新しくしたっけ。うちが試しに斧で切りつけたら、かすり傷一つつかない木だったなぁ……


「そこの崖を飛び降りれば街の裏に出られる。間に合って良かった」


 主様が腰に手を当てて、安堵のため息を吐きながら街を見下ろしている。

 が――場所が問題だ。

 街は背中に崖を背負って、三方が平面だ。どう見ても今立っている位置は、訪問用の場所じゃない。まして門も無い。命がけで街を攻めるつもりならまだしも、野菜の出荷に来た人は断じてここは通らない。

 そもそも街に入るのに飛び降りるのがおかしい。どんな地獄よ。


「主様……あの……あっち側から回ったら楽に……」

「さあ、ここまで来たら先に昼飯にしよう。フラムはトマトでいいか? かなり大きいから半分だけにするか?」

「ううん! ぜーんぶたべるぅ!」

「そうか。では一番でかいこいつをやろう」


 主様の手がアイテムボックスに突っ込まれ、巨大なトマトが姿を現した。


「わーいっ! ありがと、主様!」

「大げさだな。まだまだ未完成のトマトなのに」

「そんなことないよ! 最高のお昼ご飯だよ!」


 うん。

 こんなにおいしいトマトが貰えるなら、崖から飛び降りるのも些細な問題だよね!

 仕方ない仕方ない。

 まずはお昼ご飯だね!

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