第2話 2-1

 目の前にいるのはまたアイツだ。

 なぜ私の前にコイツは現れるのだろう?

 前回は鬱陶しいだけで何もしてこなかった。

 今回はどうだろう………

 あぁそれよりも、せっかくまた記憶をもって生まれてきたのだ。彼女はどこだろう。また会えるのだろうか。早く愛しい彼女に会いたい…………


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 今世は初めと同じような世界だった。

 私は公爵家の長子として生まれ、日々跡継ぎとしての教育に取り組んでいた。

 繰り返した人生の経験は忘れていなかったようで、特に苦もなく、すんなりと教育は進んでいった。

 学園に入る年の6歳になる頃には、全ての課程を終了し、前世の知識を活かした様々な改革の結果、我が領土は益々繁栄した。両親は驚きながらも大変喜び、周りからは神童だなんだと騒がれた。

 領民たちからも、跡継ぎが私なら将来は安泰だと、信頼を寄せられているようだ。

 本来なら、周囲の期待に押し潰されるところだが、私は前世の記憶があるため、見た目に反して、中身が成熟している。だから、その心配も必要なかった。 

 周囲の私に対する心配事と言えば1つ…………

 そう…………私の婚約者についてだ。

 公爵という爵位持ちで、しかも跡継ぎ。領土は栄えていて、将来も安定なのは誰の目にも明らか。見目もよく、性格も悪くない。我が娘を嫁にという家が後を立たなかった。

 (はぁ………彼女には今回も出会えるだろうか…)

 トントン

 「ディミトリアス様、少し宜しいでしょうか」

 扉の向こうから聞こえる我が家の執事の声に、書き物をしていた手を止める。

 どうぞの返事に、執事は扉を開け、私に一礼すると、父上が呼んでいることを伝えてくれた。

 (何の用だろ………来年から行く学園の事か………もしかして私の婚約者についてだろうか…………はぁ)

 父は26歳という若さながらも、財務大臣として城で働いているらしく、王や周囲の貴族からの信頼も厚いと聞く。領主としての統治力も素晴らしいと私は思っている。貴族平民関係なく分け隔てなく接するので、領民からもとても好かれている。何とも完璧を絵に描いたようなお人だ。

 私に対しても、愛情を注いでくれて、身内贔屓で甘い部分があるが、時には当主として、厳しく言われることもある。そんな今世の父を、私はとても尊敬している。

 父が居る執務室の前に辿り着くと、一旦一呼吸おき、扉を叩いた。

 中に入ると、父は何かの書類を読んでいた。

 その手を止めて顔を上げると、優しい眼差しを私に向けた。

 「調子はどうだ?」

 「特に変わりはありません。父上こそあまり無理をなさらないよう、たまにはゆっくり休んでください」

 「ふふっ………まだ6歳なのに、何だか大人と話しているみたいだな。お前が色々やっていることは報告で聞いている。我が領の為になっていることだ。………ありがたいとは思うが………あまり無理をするな…この領の跡継ぎと同時に、私の大事な息子でもあるのだから………」

 父の言葉には胸が熱くなる。

 (これでも中身はいい年をした大人なのになぁ………認めてもらえるのはいくつになっても嬉しいものだ)

 「ところで父上、私に用事とは何でしょう?」

 「そうだった、そうだった」

 父はそう言って、先程まで読んでいた書類を私に渡してきた。

 《エマリア=グラディウム 6歳

 ジョルジオ=グラディウム侯爵家当主 長女

 来年 王立インペリル学園入学予定》

 渡された書類には絵姿も入っており、それを見た瞬間気付いた。


 ─────アイツだ‼

 

 「父上、これは?」

 驚きで一瞬反応が遅れたが、すぐに何事もなかったかのように尋ねた。

 そんな私の態度に気付いたかどうかは捨て置き、父は先程までの優しい顔から、当主然とした顔つきになり、

 「エマリア=グラディウム嬢。彼女がお前の婚約者になった」

 と言った。

 「…………………何故…この方をお選びに?」

 グラディウム侯爵家は、我が家の次に高い爵位で、身分的には申し分ない。

 現当主のジョルジオ様は、確か父と同じ26歳だったはず。あの家は代々優秀な騎士を輩出しており、何をかくそうジョルジオ様は現騎士団長の任に就いている。

 その手腕は有名で、慕う騎士は後をたたないと聞く。

 「………実はジョルジオと私は学院時代の同級生でな…特に関わったことはないのだが、当時からヤツは優秀で慕うやつも多かった。その娘ならお前の婚約者として安心出来るのではと思ってな………まぁ…調べてみたわけだ。そしたら、なんとわずか6歳で学院の必要な課程を終了しておった。お前もすでに終わっているし、特に驚きはないだろうが、他にそこまで終えた子供はおらん。それに騎士団に度々顔を出しては、ケガをした隊員の手当てを率先して行ったり、差し入れを持っていったりと、評判も悪くない。隊員たちにもかなり可愛がられておるようだ。………身分的にも人間性にも問題ない…で、誰かに先を越される前に、お前の婚約者にと彼方にお願いしたのだ。まぁ彼方は可愛い娘を嫁にやるのは嫌なようで、かなり渋っていたようだが、変な#男__むし__#が付くよりかはということで、承諾をもらえたのだ。それで、来月お前と彼女との顔合わせを行うことになった………わかったな?」

 ハッキリと言って、この段階では断る理由が見つからない。………普通に聞けば好条件なのだ。

 次期当主として喜んで受けるべきだろう。しかし、私には彼女がいる。彼女以外との結婚などあり得ない。でも彼女と出会えていない今、私には頷くしか答えがなかった。

 「………わかりました」


 あぁ早くあの子に会いたい………

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 顔合わせ当日は、朝から憂鬱な気分だった。

 しかし、私という人間の前に、公爵家の名を背負っているので、周りにそれを感じさせないよう気を付けなければーーー

 場所は我が家の庭だった。彼女の好きだった花を庭師にお願いして植えてもらった。少しでも彼女を感じたくて。そこにいるのがアイツというのが気に入らないが。

 「ごきげんよう。ディミトリアス=フォルトゥナ様。私はエマリア=グラディウムと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 6歳と思えぬ綺麗なお辞儀を披露する女に、形ばかりの笑みを向ける。

 「こちらこそ、よろしく」

 私の顔を見て頬を染める女に嘲笑する。何を勘違いしたのか、ますます赤くなる顔に面倒臭いという思いしかわかない。

 少し離れた場所ではお互いの両親が並んで様子を見ていた。

 仕方ない、とりあえず用意されたお茶でも飲んで、それらしく会話でもしておこう。

 「彼方のテーブルにお茶の準備がしてありますので行きましょうか」

 「はいっ‼」

 嬉しそうに返事をする女を、席までエスコートしていると、両親たちが居る側が何やら騒がしくなっていた。

 「クロエ‼」

 「おねぇちゃま───‼」

 目の前の女が名前を呼ぶと、小さな女の子が大人達の間を駆け抜けてきた。


 あぁ見つけた…………………………彼女だ。

 

 

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