第3話 2-2
向こうから走って来た女の子は、その勢いのままエマリアに抱きついた。
衝撃で一歩後ろによろけるも、すぐに体勢を整えるあたり、その行動に慣れているのだろう。
窘めることなく、抱きついて来た彼女の頭を優しく撫でていた。
「エマリア嬢……その子は?……」
仲が良さそうな二人の雰囲気に驚きながら、とりあえず紹介してもらおうと尋ねる。
「…!これは失礼いたしました。こちらは私の妹で、今年3歳になるクロエと申します。……クロエ、こちらは将来貴方のお兄様になる予定のディミトリアス様よ。さぁ、ご挨拶は?」
エマリアに言われて初めて私に気づいたようで、きょとんとした顔をするも、姉に言われて、幼いながらもキレイなカーテシーを見せた。
「おはちゅにおめにかかりましゅ。くろえ=ぐらぢぇ……ぐらでむともうしましゅ」
(あっ…噛んだ…)
少し噛んだようだが、ヤりきったように顔を上げる彼女に愛しさが溢れた。
「素敵なご挨拶をありがとう。もう立派なレディだね」
「ほんとう?」
誉めると、嬉しそうに姉を振り返った。
「この子は天才ですの」
どうやらエマリアは親バカならぬ、妹バカのようだ。自慢気に答える姿に内心複雑な気持ちになる。
前世、前々世と、彼女に対していい感情を持てなかったはずだ。
これだけ二人が近い存在にいることに一種の不安を感じるが、幸いにも今世の
もし記憶があったとしたら、幼い彼女にはこの婚約をどうにかするのは至難の技だし、私も好物件の姉より、まだ幼い妹の方を選ぶことにより、有らぬ噂が立ち、お互いに今後の生活がしにくくなる。匿うことも可能だが、私には護るべきものがあるし、何よりその状況によって彼女に辛い思いをさせたくない。
とりあえずは婚約者という立場を利用して、彼女に会いに来よう───
「では小さなレディさん。私の事はディミと呼んでくれるかな?」
「……でみ?」
発音が難しいのか、首を傾げて疑問系で呼ばれる。
「デミでもいいよ」
にっこり微笑めば、クロエは嬉しそうに笑った。
「良かったわねクロエ。優しいお兄様が出来たわよ」
エマリアは優しく彼女の頭を撫でた。
遠くから様子を眺めていた両親たちからも、暖かい視線を感じた。
(小さい彼女はまた違った可愛らしさがあって、まだドキドキはしないけど、愛しさが溢れてくるようだ……)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから頻繁に、私はクラディウム家を訪れるようになった。
周りは私とエマリアの関係が順調だと喜んでいるが、私の目的はクロエの方だ。
エマリアと会わずにクロエとばかり会っていたら疑われるだろうが、有難いことにアイツの隣にはいつもクロエがいた。エマリアはクロエが寂しがるからと、お茶をするときや、町に出掛けるときも三人で過ごすことを望んだ。
初めは、私に悪いと思ったようだが、後でクロエに泣かれるからと、私に頼んできたのだ。
もちろん私としては、そちらの方が好都合だったので、すぐに問題ないと答えた。その時の嬉しそうなエマリアの笑顔に少し胸が痛んだ。
(なぜアイツに罪悪感なんて……イヤイヤ気のせいだ。今世のアイツが彼女を大事にしているから、いつもと違って調子が狂ってるだけだ………そうだ…きっと……そうに決まってる!)
お茶を飲むときは、いつもクロエが喋っていて、私とエマリアが聞き役に、出掛けるときは彼女の行きたい所に行き、彼女の笑顔に二人で笑う。アイツと一緒にいる時間は、今までで一番長いが、一番穏やかに過ごせていることに気づいた。
(記憶が無いのと、育った環境だろうか……今のアイツならそこまで嫌いではない…………それでも好きになるかと言われれば、やはり私は彼女がいい)
ふとエマリアと目が合う。優しげな微笑みを向けられたことに戸惑い、上手く笑みを返せなかった。アイツは特に気にした様子もなく、すぐにクロエに視線を戻した。
それからすぐに私とエマリアは学園に行く時期になった。
私にもすっかり懐いてくれていたクロエは、しばらく会えなくなることを伝えると大泣きしてしまった。
私も出来ればクロエとずっといたいが、こればかりは年の差を埋めないとどうしようもない。
泣いているクロエを抱っこして、休みの日は必ず遊びに来ると約束した。彼女は涙に濡れた瞳で私を見つめ、絶対だよ!と言って、私の頬にキスをした。
周りが微笑ましそうにその光景を眺めているなかで、私は、小さな…本当に小さな火が、胸に灯るのを感じた。
(私はきっとまた彼女に恋をする……)
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