ショートショート

@Eliy0923

出会いと想い


それは、ある暑い夏の日のことだった。

私はその日、たまにしかない休日を使い、ふらふらと新鮮な空気を求めて街を彷徨っていた。

と、いうのもつい昨日まで締切が迫っていて三日三晩も会社に缶ずめだったからだ。

ぐっ、と背伸びを一つし

少しづつ意識が覚醒する。

「さて、どうしようか。何か趣味でもあればいいんだろうがなぁ。」

誰にともなく一人つぶやく。

時刻はもう昼過ぎだ。

そう思った瞬間ぐぅ、と腹が鳴る。

最近はあまりまともに食事がとれていなかったためか余計に空腹を感じる。

今の職に不満がある訳では無いがなんだか最近は「これではない」という漠然とした思いに囚われ続けている。

とはいえ元々何か取り柄がある訳でもないし今の仕事を辞めることなど出来ないのだが…

ぐぅ~~

再び腹が鳴る。

「早く食事の取れる場所へ行かなければ」

このような事を考えていても仕方ない、と語りたがりの自分に苦笑し、美味そうな匂いのする方へと足を動かす。

少しすると肉のジューシーな匂いに爽やかなスパイスの香り、そしてコクのあるカレールウの香りが飛び込んできた。

それはお腹のすいた私には殺人的な凶悪さだった為、ほとんど駆け込むようにして店へ足を動かす。

ちりーん

客が訪れたことを示す鈴がなり

一も二もなく私は席についてメニューをのぞき込んだ。

すると、メニューには殆ど何も書かれておらず一つだけ大きめの文字で

【マスターの気まぐれ定食】

と書いてあった

だが、驚くべきはその価格であった。

【200円】

余りにも安すぎると思い、不信におもったがどうにも先程の匂いが私の心を掴んで離さず、【マスターの気まぐれ定食】を頼んでみた。

そしてどうしてこんなに安いのかと尋ねた。

すると、まるでマンガの頑固親父を体現したような人物が全く目線を合わせようともせずぼそっと

「そういう店だからな」

と、ただそれだけ言った

それに対して私も

「そうなんですね」

と、生返事をしたが内心200円という言葉に引っ掛かりを覚えた。そしてどんな粗悪な品が出るのだろうと心配になって、もしかしたらあの匂いは隣の店の匂いだったのではないかとも考え始めていた。

そうこう考えているうちに料理が出来たらしく

旨そうな肉の匂いにスパイスの効いたカレーの香りが鼻腔をくすぐる。

いただきますと手を合わせ

恐る恐るとスプーンを口へと運ぶ。

そしてそのルウの深いコクと程よい辛さに驚き、これが200円だという事実に衝撃を受けた。ともあれそんなことを考えているといつの間にかカレーは食べ終わっていた。

私は呆然としながらも

「ご馳走様でした、とても美味しかったです」

と、心から言った。

そして、満足した私はより一層疑問を深めもう一度【マスター】に何故こんなにも安いのかを尋ねた。すると

「ここは飯の食えねぇ奴らと食いてぇ奴らに美味い飯を食わせるところだからだ」

ということだった。

要するに子ども食堂の派生型のようなものということのようだ。本当に見かけによらず素晴らしい志を持った人のようだ。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

それからというもの暇さえできれば毎回その店へと行った。

チラホラと子供をみかけ誰も彼もが楽しそうに食を囲んでいた。

【マスターの気まぐれ定食】

は洋食、中華、日本食、といつも全く違っていて毎度楽しんで食べに行っていた。

ある日のことだった、足を運べば何時でも当たり前のように開いていた店のシャッターが今日は閉まっていた。子供もチラホラと来ていたがしまっている様子を見ると淋しそうに帰っていった。

どうしたのだろう、少し不安になりながらも1日くらい休むことだってあるだろうと納得してその日は帰ってしまった。

明くる日、再び店へと足を運ぶと今日は開いていたがどうにも店主の顔色が優れない、心配になりそのことを聞くと。

「最近はどうにも体が思うように動かん、フライパンを振るどころか、卵をかき混ぜているだけでも辛いんだ、よる年波には勝てんな」

と、顔に似合わずしょぼくれた声で言った、

店主はもう80を数えており、私も後30年もすればこうなってしまうのか…という思いが胸をよぎった、

そして、「では、ここは閉めてしまうので?」

と、寂しさを感じながら尋ねる。

だが店主は先程までの弱々しい声から打って変わり、力ずよい声で「ここは閉めない」

そう言った。

何故そこまでして続けるのか聞くと、

これまた頑固親父の顔に似合わず照れた少年のような顔で「この店は亡くなった家内の形見の様なものでな、あいつの夢だった場所なんだよ…」

「家内はとにかく料理と子供がすきで、そして料理しか取り柄がないと本人が豪語するほどほかのことはからっきしだった」

「ドジで、慌てん坊で、子供が好きで、笑顔の素敵な女性だった」

「そしてな、何より自分の作った料理でひとを喜ばせるのが好きだった」

昔を懐かしむようにぽつりぽつりと語り出す。

これまで私が1度も見ることのなかった店主の姿がそこにあった。

「だけども、あいつは病気でな。30を迎える頃にはもう幾ばくも生きられない体だった」

「それでもあいつは厨房に立とうとするんだ、私の料理で笑顔に出来る人たちがいるんだから、そう言っていた。だが病気の体でいつまでも無茶が出来るはずもなくてな」

「ある日突然厨房で倒れて頭を打って、如何せん硬い床だったものだから脳出血になってそれきり二度と動きはしなかった」

次第に声が震えだし嗚咽をもらす、涙がとめどなく溢れ出て拳に力がこもる、そんな様子だった。

それを聞いていた私は決然と

「私が奥様の想いを受け継ぎます」

と言った、迷いは無かった。

何故なら少し前までの私には無かった熱意が胸を満たしていたからだ。

ようやく自分のやりたい事が見つかった気がした。

今までこの店で受けた感動を他の誰かに伝えたい。未来を背負う子供たちを笑顔にしたい。

だから

「この店を継がせてください、料理は得意です。」

「気持ちは嬉しいが出来るのか?」

「勿論です。前職は食に携わる仕事でしたので、安心して任せてください」

「それに、子供を笑顔にすることは得意なんですよ?私」

そういって二人で笑った。

......................................................

あれから

随分と長い時がたった、

あの時の店主はもう亡くなってしまっていた

けれども、今際の際は笑って逝った。

きっと今は天国の奥さんと笑顔でいることだろう、多くのこどもと共に。

そして私はあの時の約束の通り店を継いだ、

そしてあの頑固親父の様な店主から引き継いだレシピを元に美味しい料理を作っているつもりだ、あの時の熱意の炎は依然と私の胸にともったままだ、そしてこれからもそのままだろう。

この想いを私にくれたあの店主たちにはとても感謝している。だから、この想いをまた他の誰かに受け継いで欲しいと切に願っている。

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