きみと二度目のランデヴー II
それはまるで、猫の通り道だった。
地図にもないような細い路地裏を右へ左へと進み。
時には民家の壁にあいた穴をくぐり、生垣を乗り越えて。
自分が今、街のどのあたりを歩いているのかもわからなくなってきたな、とレンが思い始めた頃。
「ここだよ」
ふと、クロが足を止めた。
レンも歩みを止め、顔を上げると、そこは。
レンガ造りの、古い古い建物だった。
二階建ての屋根の上には風見鶏が鎮座し、静かに夜空を見上げている。緑色の蔦が壁面を覆い、ぶら下がっている看板にまでその葉を伸ばすほどだった。
その看板には、「猫の隠れ家」の文字。店名、だろうか。
窓の向こうにほんのりと灯りがともっているようだが、人の気配は感じられない。
レンが不思議そうにその古びた館を見上げていると、クロが扉についたドアノッカーをコンコンと鳴らした。よく見ればこれも、猫が輪っかを咥えたデザインになっている。
すると、ドアの向こう側でぱっと灯りがついた。
それを確認してから、クロは「おいで」とレンに声をかけ、中へと足を踏み入れる。
「わ……」
館の中に入るなり、レンは目を輝かせ声を漏らした。
そこは、小さなレストランだった。左手にバーカウンター。右手に大きな振り子時計。壁のあちこちには、様々な絵画が立派な額縁に入れられ飾られている。
奥には大きなガラス窓があり、中庭が見えるようになっている。そのすぐ脇にテーブル席が三席だけあって、ろうそくの柔らかい光がゆらゆらと揺れていた。
「すてき……」
思わずそう呟くと、カウンターの奥から一人の男性が現れた。
「おかえりなさいませ、クローディア坊っちゃま。おや、お連れの方がいらっしゃるとは……珍しいですな」
初老の男性だった。艶のいい白髪を綺麗に整え、同色の口ひげを上品にたくわえている。ワイシャツに黒いベストとスラックス、首にはリボンタイを下げた、いかにも「じいや」な雰囲気のその人に、クロが言う。
「僕の彼女。今日はデートなの」
「それはそれは。では、このアルベルト、腕によりをかけて料理を振舞わせていただきますね」
「よろしく」
アルベルトと名乗るその男性はカウンターから出ると、二人を中庭が見える窓側の席へと案内した。他に客はいないようだ。
席につきながら「お飲み物は?」と聞かれるが、レンはこのような場所にジュースの
アルベルトがぺこりと頭を下げ、再びカウンターの奥へと去って行くのを眺めてから、
「クロさん、ここは…?」
「僕の秘密の隠れ家。時々一人で来るんだ」
「……今の方は、お知り合いで…」
「ここのマスターだよ。昔、ちょっと世話になってね。誰かを連れて来るのは初めてだったから、驚いていたみたい」
いらっしゃいませ、ではなく『おかえりなさいませ』と言われていたことや、『クローディア坊っちゃま』と呼ばれていたことなど、気になることはままあったが。
自分がここへ連れてこられた初めての人間なのだということが嬉しくて、レンはそれ以上聞かなかった。
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