番外編

きみと二度目のランデヴー I

 


 ──小さく小さく、圧縮した何かが。


 パッと弾けて。


 甘い香りを漂わせながら、ふわふわと宙へ広がっていく。




 例えるなら、それはそんな感覚であると。


 彼女は、彼の腕の中で、ぼんやりと考えていた。








「今日で、お休みもおしまいですね」



 猫足のバスタブ。泡の浮かんだ湯船。

 そのふちに肘を乗せ、ゆったりと肩まで浸かるクロの正面に、向かい合うようにして。

 レンは、彼の艶やかな黒髪を洗っていた。


 二週間の長期休暇。

 その、十四日目の朝である。


 クロが病み上がりだということもあり、二人はほとんどの時間を彼の部屋の中で過ごしていたのだが。



「終わってみると……なんだか、あっという間でしたね」



 クロの髪についた泡を静かに流しながら、レンは少し寂しそうに言う。

 それに、目を瞑りおとなしく髪を洗われていたクロが。

 突然、思い立ったように目を開いた。




「デートしよう」


「……へ?」


「君と、デートしたい」


「は、はい……あたしも、したいですけど」


「イストラーダにいた時、一度だけデートしたじゃない?

 あれ、けっこう楽しかったんだよね」


「え……

 クロさんも、そう思っていてくれたんですか?」


「うん。

 あちこち遊びに行って、ケーキ食べて……

 何故か君が、鼻血出したんだよね。

 あれ、最高に楽しかった」


「って、そういう楽しさですか…

 アレはもう忘れてくださいよ!」


「で、その後に初めて、キスしたんだよね」


「………はい」


「思えば、君をこの国に連れてきてからの二ヶ月間、"フツーの恋人"っぽいことってあまりできなかったじゃん?僕たち。

 それに」



 もにゅ。

 と、クロは目の前で揺れるレンの二つの胸の膨らみを鷲掴みにして。



「デートの回数よりえっちした回数の方が断然多いって、やっぱり不健全だと思うんだ」


「……クロさんにも健全・不健全という概念があったのですね。

 ていうか乳揉みながら言わないでくれます?」


「だから今日は、デートをしようと思います。

 異論は?」


「………ありません!」


「よし、決まり」




 そうして。

 二人の、記念すべき二回目のデートが幕を開けた。





 * * * * * *





 部屋着ではない、仕事着でもない。でも、堅苦しすぎない。

 そんな、"ちょっとおめかし"な服に身を包むのは、どうしてこんなにも心が踊るのだろう。


 と、お気に入りの黄色いワンピースに袖を通してから、レンは鏡の前でくるりと回ってみせた。



「お待たせしまし…」



 自室の扉を開け、廊下で待ち合わせているクロに声をかけようとして。

 彼女は、息を飲む。



「お、いいね。可愛いじゃん」



 そう言って、ポケットに手を突っ込みながらニッと笑った彼は。

 深いグリーンを基調としたチェック柄のスーツとベスト。臙脂色のネクタイ。茶色い革靴。

 そんな、カジュアルながらもきちんと感のある装いでそこに立っていた。


 こんな可愛らしい柄物のスーツなんて、彼でないと着こなせない。

 嗚呼、この人は、自分の可愛さをよく分かっていらっしゃる…


 レンは思わず自身の口を手で押さえて、



「クロさんも……めちゃくちゃ、イイです」

「いぇーい、やったぁ」



 語彙力が消滅した彼女の台詞に、クロは軽い口調でそう返した。




 お城の門をくぐり、城下町へと出てから。

 そっと手を繋いできたのは、クロの方だった。

 レンは驚いたように目を見開いて彼を見るが。

 クロは知らんぷりして、前を向いていた。



 ロガンス帝国の中心に位置するこの城下町には、あらゆる種類のお店が賑やかに、華やかに軒を連ねている。

 二人はあてもなくぶらぶらと、思いつくままにそれらを渡り歩いた。


 服屋に入り、お互いに似合いそうな格好を考え合ってみたり。

 ソフトクリーム屋のワゴンに足を止め、二種類の味を分け合ったり。

 広場に来ていた大道芸人のパフォーマンスに手を叩いたり。

 本屋では、クロの好きな本をレンに教えるなどして。



 あっという間に、空が夕焼け色に染まる時刻となった。






「お腹空いたね」



 一番星をその目に映しながら、クロがそう呟く。



「そうですね。いろいろと食べ歩きましたが…ちゃんとしたご飯は食べていないですもんね」

「……実はさ、君を連れて行きたい場所があるんだけど」


 街の灯りが、徐々にともり始める中。



「……案内しても、いい?」



 彼は、悪戯っぽく笑いながら、レンに手を差し伸べた。

 それに彼女は。



「………ヘンなところじゃないですよね?」

「違うよ。どんだけ信用ないの、僕」

「……わかりました。クロさんを、信じます」



 差し出されたその手を握り、引かれるがままに歩き始めた。

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