第78話 黒猫王子はメイドと踊る III

 * * * * * *



 つい、一時間ほど前。

 この全校集会が始まる直前。


 クロさんに、「プレゼント♡」と渡されたのが……

 このメイド服と、首輪だった。

 意味がわからず、ぽかんと放心していると、有無を言わさず着替えさせられ。


「……あの、怖いくらいにピッタリなサイズ感なのですが」

「当たり前じゃん。ちゃんと君の身体を採寸してオーダーメイドしたんだから」

「採寸?!いつの間に?!」

「あれだよ。ひん剥いたら君が痴女パン履いてた時」

「……あ」


 言われて思い出す。

 ローザさんから送られてきた勝負パンツを履いたタイミングでクロさんに襲われ、下着姿で立たされた時のことを。

 あれ、あたしの精霊を研究していたんじゃなくて……

 魔法で、あたしの身体のサイズを測っていたのか!!!


「いやぁ、納得のいくデザインのものがやっと完成したよ。これでみんなにお披露目ができるね♡」

「…………何の、ですか?」


 きゅっと、首に嵌めた赤い首輪のベルトを締めながら。


「君は僕のもの、ってことをだよ。特にあの、ゲイリー・カティウス君に見せつけてやりたくてさ♡あいつ、ショックで死ぬかな?ねぇ、死ぬと思う?」

「……………」


 瞳を爛々と輝かせる彼に。

 あたしは「いやぁぁあああっ!」と叫びながら、ズルズルと大講堂まで引き摺られ……



 * * * * * *



 そして、今に至る。


 確かにこの国に連れて来られる時、『僕の専属メイドとして働いてもらう』と言われていたが…

 まさか、ここへきてそれが適用されるとは。


 にこやかに笑う青年の横で、首輪を嵌められたメイド姿の女が立っている。


 こんな、街中で見かけたら絶対に目を合わせないような光景を全校集会で見せつけられているのだから、さっきから講堂内は俄かに騒ついている。クロさんの話など、耳に入るわけがない。嗚呼、彼の思惑通り、ゲイリー先生も白目を向いて直立している。


 と、そこでフォスカー副学長が顔を真っ赤にして舞台へ上がってきて、


「理事長!あなた、何を考えているのですか?!ご自分が今、何をしているのかおわかりですか!!」


 こちらを指差し、怒鳴り散らす。

 しかしクロさんは、きょとんとした顔をしてあたしを繋ぐ鎖をグイッと引っ張ると、



「何って……見てわからないのですか?

 犬の散歩ですよ」



 そう、一切の淀みがない声で言い放つので。

 副学長どころか、騒ついていた講堂内までもが、シンと静まり返る。


 ……いや、もうほんと、今すぐにでもあたしを母国くにに強制送還してくんないかな。王さま。



「ていうか君たち、今の僕の話聞いてた?これからは完全実力主義でやっていくっつってんの。親の金や身分は通用しない。生徒自身の能力だけで評価される。基準を満たさなかったら即、退学。つまり……」


 ニタァッ、と。

 彼は悪魔のような笑みを浮かべて、生徒たちを見下ろし。


「使えるか使えないかは、全部僕が決める。だから、全力で縋り付け。持てる力を全て発揮し、それを僕に見せてみろ。以上。さぁ、話は終わりだ。僕は見ての通り犬の世話があるから……」


 ばっ、と右の手のひらを前に掲げると、



「辞めたくない奴は、死ぬ気で訓練開始」



 その、かけ声を聞いた瞬間。

 綺麗に整頓していた生徒たちが悲鳴を上げながら、一斉に講堂の外へと逃げ去っていく。職員たちも、ドン引きした様子でそれに続き出て行ってしまった。



 広々とした、数百人収容できる大講堂。

 その、舞台の上で。

 クロさんとあたしの二人だけが、ぽつんと取り残された。



「…よし。これで好青年キャラからも脱出できた」

「いや、脱出どころか大気圏ぶち破っちゃいましたよ。何キャラですかコレ。変態お散歩おじさん?」



 のちに生徒たちの間で「理事長は刺されてから頭がおかしくなった」と噂されることを、この時のあたしたちはまだ知らない。



「……みんな、いなくなっちゃいましたね」

「そうだね」

「………どうしましょう?」



 こんなところにいても意味がない。我々も理事長室へ戻ろう。

 そう、意図したつもりだった。

 しかし、彼は、



「踊ろう」

「へ?」



 思いもよらない言葉を投げかけてきた。


「舞踏会の時、君と踊れなかったこと。ちょっと後悔しているんだよね。だから」


 ふわっ、と。

 思わず見惚れてしまうくらいの、完璧な笑みを浮かべて。



「僕と、踊ってくれませんか?お姫さま」



 こちらに手を差し伸べて、言う。

 その美しい動きは、まるで本物の王子さまのよう……


 だが。


 こちらがその手を取る前に、ジャラリと。

 左手に握った鎖を引き、首輪に繋がれたあたしを強引に引き寄せ。



「………返事は?」

「………………わん」

「よし、いい子」



 そうして、手を取り、腰に手を回され。


 あたしたちは、誰もいない、広い舞台のその上で。

 くるくると、踊り出す。


 嗚呼、なんて滑稽な状況だろう。

 でも。



「君がどれほど嫌がったって、絶対にこの手を離してあげないから」



 滑稽すぎて、彼とのダンスが心地よすぎて。

 そのリードに、全てを委ねたくなる。



「だから安心して……僕の腕の中で、踊っていて?」



 あなたに、何度でも踊らされる。

 何度でも奪われる。

 たぶん、それでいい。


 それが、いい。



「……理事長先生。あたし、上手に踊れていますか?」



 そう、尋ねると。

 彼はキュッと靴を鳴らし足を止め。





「………次は、『ご主人様』って呼んでみて」





 なんて、少しいやらしく笑ってから。






 舞台の真ん中で、とろけるようなキスをした。






 *番外編につづく*

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