第77話 黒猫王子はメイドと踊る II



 そして。


 舞踏会の日から、二週間後。



「──というのが、今回の事件の概要です」



 王立エストレイア魔法学院。

 このロガンス帝国内で唯一の王立学校にして、最大の魔法専門教育機関。


 その、大講堂の中に。

 この学院の全生徒と、全職員が集まり。

 声の主──壇上に立つ人物に、視線を向けている。



「ご心配をおかけしましたが、僕はこの通り。すっかり回復しました。今日から講義のほうも再開します」



 そう言ってにっこりと微笑むのは。

 学院の理事長にして終身名誉教授である、クロさんだ。

 舞踏会の晩に起きた出来事と、それによって彼がしばらく休んでいたことを、全校集会の場で生徒たちに報告しているところである。



 * * * * * *



 今から一週間前……

 つまり、あの事件のあった日から、一週間後。


 アリーシャさんは、祖国であるルイアブック民国へとその身柄を渡されることになった。

 養子先の国で謀反を起こした罪人として、ではなく。

 この学院から、ルイアブック軍特別魔法訓練校へ、理事長の推薦編入という形で。


 クロさんが『視察』と言って一日不在にしたあの日。

 彼はルイアブックへと赴き、軍併設の学校でアリーシャさんを受け入れてくれないか、直接交渉をしに行ったらしい。

 他の被害生徒に関しても同じように、身寄りのない者は全寮制の訓練校を、家族がいた者はその家庭を回り。

 ロガンス貴族の不始末を謝罪しながら、無理矢理連れてこられた彼らを再びルイアブックに還せるよう、手筈を整えていたのだ。

 ……本当に、抜かりのない仕事ぶりである。


「戦力として使えるまでに育ててから返すなんて、敵に塩を送るようなモンだけどね」


 なんて、クロさんは肩を竦めていたけれど。



 アリーシャさんが、ロガンスを去る日の朝。

 あたしとクロさんと、ルナさんとベアトリーチェさんとで、彼女を城門の外まで見送った。

 せめて一言だけでもルイス隊長に挨拶をしていけばいいのにと、あたしが言うと。



「……次、あの人に会うことがあるとすれば……戦場で、敵国の軍人として、になるでしょう。だから……ルニアーナ王女。私とルイスが二度と会わなくて済むよう、この国の平和に努めてください」



 と、相変わらず落ち着いた声音で、そう言った。

 あたしと変わらない歳でこんなことが言えてしまうだなんて……強い人だと、心から思う。

 ルナさんは、その言葉を胸に刻み込むように目を閉じてから。


「………わかりました」


 瞳に強い意志を宿し、頷いた。



 そうして。

 アリーシャ・モーエンは、ロガンス帝国を去っていった



 * * * * * *



「今回の件を受け、この学院の入学および進級の制度を、大きく見直しすることにしました。それは」



 ジャラッ。


 壇上で語るクロさんを、講堂内にいる全員が注視する。

 ……ひどく怪訝そうな、信じられないものを目の当たりにしているような表情で。

 何故ならば。



「ずばり、完全実力至上主義。入学前と進級前、それから各学期末に、試験を実施します」



 ジャララッ。


 クロさんが話す度に、鎖が揺れる音がする。

 彼がその手に握る、鎖。その先にあるのは……



 あたしの首に嵌められた、首輪である。




 ……本当、いっそ殺してほしいくらいなのだが。

 あたしは今、壇上で語るクロさんの横で。



 フリフリふわふわの可愛らしいメイド服を着て。


 首に大型犬用の首輪を嵌められ。


 その鎖を、クロさんに握られた状態で、立たされているのだ。

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