きみと二度目のランデヴー III


「意外です。

 食に関心のないクロさんが、こんな素敵なレストランに通っているなんて。

 モーリーさんの酒場以外にも食べてくれるお店があって、なんだか安心しました」


「ていうかね、君もルイスも心配しすぎ。

 ちゃんと食べてるから。

 だいたいアイツはさ、自分のことは棚に上げて人のお節介ばっかりなんだよ、昔から」


「あ」


「ん?」


「……ひょっとしてクロさん、あの時隊長に言われたこと、気にしていました?」


「なにが?」


「デートくらいしなきゃあたしが可哀想だ、って話ですよ」


「…………別に。だって毎日一緒にいるし。

 今日だって、たまたま思いついただけだし」


「…んふふ。そうですね。

 毎日一緒にいられて、あたし幸せです。

 今日のデートも、すっごく楽しかったですよ」


「……なにそのニヤニヤした顔。むかつく」


「えー。

 幸せなんだからニヤニヤしたっていいじゃないですか」


「君にはもっとこう、余裕のない表情でいてほしいんだけど。

 困り顔、照れ顔、泣き顔のいずれかでいてよ。常に」


「常に?!」


「昨日のアレなんか最高だったよ。

 ほら、焦らされすぎて、腰ビクビク浮かせながら『ちょうだい』って涙目で訴えてき……」


「わぁあああっ!

 何を言い出すんですかこんなところで!!」


「そうそう。

 そういう顔が見たいんだよ」


「…………」


「まぁでも、実のところ。

 君に『ちゃんとごはん食べなさい』って言われるの、嫌いじゃないんだよね」


「そ、そうなんですか?」


「うん。

 なんかいいよね、所帯じみてて」


「所帯……」


「だから、これからも言ってね」


「……はいっ」


「食べるかどうかは別として」


「食べてください!」



 そこで。

 アルベルトが二人分の水と、前菜のサラダとスープを持ってきた。



「あれ?

 クロさんもお水なんですか?」


「うん、最初だけね。

 知ってるでしょ?僕、お酒飲めないんだ」


「それ、本当に意外でした。

 だってヴァネッサさんのお店にいた時、毎回飲んでいたのに」


「好きなんだけど、たくさんは飲めないんだよねぇ。すぐ酔うから」


「でも酔ったクロさん、可愛かったですよ。

 めちゃくちゃ饒舌で、笑い上戸で」


「やめて。思い出したくない」


「あの時クロさん、なんて言ったか覚えてます?」


「だから、思い出したくないって」


「『どっか遠くに駆け落ちしよ?』って…」


「……はいはい覚えているよ。

 だからニヤニヤしながら見ないで」


「えへへー。

 だってあれ、嬉しかったんですもん」


「……君が強制送還されるくらいなら、いっそどこかへ一緒に逃げちゃおうかな、

 とも思ったんだよ。

 君を失ってまで、この国に居座る理由も

ないしね」


「クロさん……」


「でも冷静に考えたら、

 国家従事者且つ重役任されてて給料はいいし、王宮には住めるし、

 なによりも学院の研究施設は使いたい放題だしで、

 やっぱりロガンスを手放すのは惜しいな〜って思って、死ぬ気で君を突き放すことにした」


「………クロさん…」


「いいでしょ?堅実なカレシで♡」


「……そうですね」


「ていうか、君こそお酒飲んだ時のこと覚えているの?

 この不良娘」


「それが、記憶が断片的なんですよね。

 隊長におんぶされていたようなことは、なんとなく覚えているんですけど…」


「ふぅーん」


「………あたし、なんかヘンなこと言ったりしませんでしたか?」


「別に。

 ただもう、僕以外とは絶対に飲まないで」


「の、飲まないですよ。

 そもそも未成年ですし……」


「そういえばあれ、なんでイキナリ飲んだの?

 君、ああいう突飛なことするタイプじゃないじゃん」


「う。そ、それは……」


「あの時、なんの話してたんだっけ?

 ああ、そうだ。

 アリーシャ・モーエンの話をルイスにしていたんだった。

 ……あ、それで」


「……………」


「…やきもち、焼いたんだね」


「…………ああもう、そうですよ!

 醜い嫉妬心に突き動かされた結果ですよ!

 ……さすがに彼女の過去を知った今では、なんとも思っていませんが」


「あ、そう。

 僕はまだ許していないけどね。

 君とゲイリー・カティウスが知らない間に親密になっていたこと」


「だから、あれはルナさんのために講義の資料をもらっていただけですって!

 …アリーシャさん、ルイアブックの学校に入って一週間くらいですよね。

 うまくやれているでしょうか」


「さぁね。

 彼女、頑固だからなぁ。

 その分、意志が強いから魔法のセンスは抜群なんだけど、人間関係の方はわからない」


「クロさん、彼女のことは数年前から知っていたんですよね?」


「うん。

 ルイスに拾われた時から見ていたから。

 向こうは知らなかっただろうけど。

 ルイスも人たらしだよねぇ。

 当時十三歳だったあの子に恋心抱かせて、告白までさせて。

 けど、今だにそれを引きずっているとは思わなかったなぁ」


「その気持ちを利用しておいて、よく言いますよ。

 ああ、早く心の傷が癒えるといいけど…」


「そうだね。

 ルイスへの想いを断ち切ったら、彼女はもう一段階強くなれる」


「……と、言うと?」


「実はね、本人には伝えていないんだけど……

 彼女の魔法の本質は、"水"なんだ」


「えっ、氷じゃないんですか?」


「そう。

 水の性質を自在に変えて、操ることができる能力。

 たぶんだけど、ルイスのことがわだかまりになっていて、それが彼女の心を凍らせているんだ。

 だから、ルイスを完全に忘れられた時、自分の魔法が突然水になって溶けるから……

 本人が一番驚くだろうね」


「それは……

 先生として教えてあげるべきだったのでは?」


「いいや。

 自分で気がついて、自分で解決しなきゃいけない問題だよ。

 ヒントは出すけど答えは教えない。

 それが、僕の教育理念」


「おお、理事長先生っぽい」


「ぽいっていうか、そうだから」

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