第75話 黒猫のきもち Ⅵ


 頭を下げているから、陛下がどんな表情をしているのかわからない。

 緊張しながら、そのお答えを待っていると、



「いいよ」

「えっ?」



 それは、拍子抜けするくらいにあっさりとした声で。

 あたしはパッと、顔を上げる。

 すると陛下は、困ったような顔をして笑い、


「と言うより、元から許可するつもりだったんだ。こないだの戦争で成果を上げて、強くなったことをルイスが証明してくれたら……接触禁止令を解くと、こちらでもそういう約束だったんだよね?ルイス」

「は、はい」

「でもこの男、いつまで経っても私にその話を振らないから、もう会いたくないのかと思っていたら……単純にビビっていたんだよね。私に許してもらえるかどうか」

「……うす」


 気まずそうに返事をするルイス隊長。

 な、なんと。

 それじゃあ、隊長は隊長でルナさんと再会するために戦地で奮闘していた、というわけか。


「いずれにせよ、ルナの心の問題はなんとかしなきゃと思っていたんだけれど……君がお友だちになってくれたことで解決した。あの娘を救ってくれて…本当にありがとう。父親として心から、お礼を言わせてもらうよ」


 そう言って微笑む国王陛下のお顔は。

 どこか泣き出しそうにも見えて。


「父親としてはもちろん、可愛い娘には好きな男と幸せになってもらいたいんだ。けど……国の最高責任者としては、二人の接触をみすみす許すわけにはいかなくてね。しかしこれで、そのジレンマからも解放されたよ。と、いうことで」


 にこっ、と。

 陛下は、ルイス隊長に笑顔を向けて。


「ルイス。ルナを泣かせるようなことをしたら、即死刑ね」

「う…うっす!」


 ビシッ!と敬礼をして、汗を垂らす隊長。

 ああ…この王さまの前では、誰もがこうなってしまうのか。

 それともやっぱり、好きな女の子の父親というものは、誰でも怖く感じるものなのか…?


 どちらでもいいや。だって、



「……よかったぁ…っ」



 心の底から、溢れ出た声だった。

 よかった。二人が会うことを、許してもらえた。

 大好きなルナさんと、命の恩人であるルイス隊長に、報いることができた。


 安堵に胸を押さえるあたしを見て、ベアトリーチェさんが「うふふ」と笑い、


「クローネル指揮官も、こんないい娘さんを泣かせないでくださいね」


 なんて、クロさんに向かって言う。

 しかしクロさんは、



「は?何言ってんの?泣かせるに決まってんじゃん」



 そんな、耳を疑うような返答をして。

 絶句しているあたしの手を引き、身体を寄せると、


「こんな可愛いの泣き顔、見ずにはいられないでしょ。ていうか、。そのために、二週間も休みもらうんだから」

「へ?!ちょ、クロさん何言って……」

「じゃ、そういうことだから」


 戸惑うあたしを無視して、彼は手を繋いだまま謁見の間を後にしようとする。

 いろいろと言いたいことはあったが。



「あっ、あのっ、これからもよろしくお願いします!」



 彼に手を引かれながら振り返り、あたしはとりあえずそれだけを伝える。

 どんどん遠ざかる玉座の上で、国王陛下は、



「なんか、こんな国でごめんね〜」



 と、緊張感のない声音で、こちらに手を振った。

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