第74話 黒猫のきもち Ⅴ

 



「と、いうわけで。王」



 ベアトリーチェさんがパチンと指を鳴らすと、クロさんの手枷が外れ。

 彼は両手をぷらぷらと振りながら、立ち上がる。


「僕、しばらく休暇をもらうから」

「いいよ。医師からも一週間は休んだほうがいいと聞いているし…」

「二週間」


 ずいっ、と。

 立てた指を二本、突き出して。


「二週間、休ませてもらう」

「えぇ、それはさすがに休みすぎじゃない?」

「身体の回復、および今回の働きに対する褒賞。それから」


 顎を上げ、顔に影を落としながらポケットに手を突っ込み。

 およそ王さまに向けているとは思えないくらいの、ガラのわるーい態度で。



「たった今、精神的苦痛を強いられたことに対する賠償。それをほんの二週間の休暇で許してやるって言ってんだから、おとなしく飲んでくんない?さもないと」



 そこで。

 クロさんはあたしの肩をグイッと抱き寄せて、



「僕と、この優秀な秘書が揃って国外逃亡するから。何せこの、癒すも殺すも自在にコントロールできる神のような力の持ち主だからね。

 再就職先はイストラーダ軍かなぁ〜。同盟国だし、フォルタニカでもいっか。

 そしたら僕たち二人で、ロガンスを凌ぐくらいの最強国家にしちゃお。

 ね、レンちゃん♡」



 と、顔を近付けながら言ってくる。

 この人……王さま相手に脅しをかけるつもりか。お願いだからあたしを巻き込まないでくれ。

 国王陛下は、「うーん」と首を傾げてから、


「それは困るなぁ。しかもクロなら本当にやりかねないし……しょうがない。クロも頑張って問題解決くれちゃったし、何よりも……フェレンティーナさん」

「は、はい」


 あらためて名前を呼ばれ、あたしはクロさんを引き剥がしながら陛下の方へ向き直る。


「今回は君に免じて、彼の要求を飲むことにするよ。私は君に、お礼を言うためにここへ来てもらったんだ」

「お礼……?」

「そう。ルナのこと……本当に、世話になったね」


 あ……

 そう。そうだ。あたしとクロさんのことよりも、まずそちらを解決しなければならないのだった。


「ビーチェから全て聞いたよ。一緒に魔法の特訓をしてくれたんだってね。クロも途中で匙を投げるくらいに"魔法音痴"だったあの娘を……よく、あそこまで導いてくれました」


 陛下の言葉に「面倒見れないくらいに仕事増やしたのはそっちでしょー」とクロさんが文句を垂れるが。

 あたしは、首を横に振って、


「いいえ。あたしは何も。ルナさんが……ルナさん自身が、頑張ったんです。辛い過去と向き合って、何度も何度も練習して。それも全て……」


 顔を上げ。

 横に立つ、ルイス隊長を見上げる。


「ここにいる、ルイス中将にまた会いたいと、その一心で彼女は頑張ってくれたんです。だから…」


 あたしは両手を揃え、深々と頭を下げながら、



「勝手に二人を引き合わせたことは、謝罪します。罰を受ける覚悟もできています。だから、どうか……

 ルナさんとルイス中将がまた、同じ時間を過ごすことを、認めてはいただけないでしょうか…?」



 誠心誠意、訴えた。

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