第73話 黒猫のきもち Ⅳ


 鉄の重みに動けないまま、クロさんは諦めたように胡座をかいて魔法を受ける。


「で?これ以上僕から何を聞き出そうっていうの?」

「いや、これでもう最後だよ。聞きたいことはただ一つ。その前に……」


 国王陛下は。

 その、青く澄んだ瞳をこちらに真っ直ぐに向けて、



「フェレンティーナさん。君は、ちゃんと自分の意志で、ここにいるんだよね?クロのことが好きで、側にいるんだよね?」



 尋ねる。

 考えるより早く、あたしの口が、


「はい。クロさんのことが、大好きです。これからもずっと、ずっとずっと側にいたいと、そう思っています」


 そう、答えていた。

 なんて恥ずかしい。恥ずかしいけど。

 この気持ちは、恥じる必要がないくらいに、あたしの本心だ。


 国王陛下はあたしの返答に、にっこり微笑むと、


「よかった。クロに弱味を握られたり、脅されたりして無理矢理連れて来られたわけじゃなかったんだね」

「おい。僕をなんだと思ってんだこの腹黒国王」

「だって君、今まで散々女性を泣かせてきたらしいじゃないか。そっち方面の信用はゼロだよ。ねぇ?ビーチェ」

「はい。わたくしの友人だった侍女やメイドたちが、指揮官のせいで何人も辞めていきました」

「ほらぁ〜前科持ち〜」


 ニヤニヤと見下ろす陛下とベアトリーチェさんのタッグ攻撃に、「ドSコンビが…」と歯ぎしりするクロさん。

 ていうか、国王陛下……喋れば喋るほど何というか、見た目とのギャップが……

 こんなフランクな、いたずらっぽい方だったのね……

 そんな王さまに、いつも飄々としているクロさんが翻弄されているのを見るのは…なんだか新鮮で面白い。面白がっている場合ではないが。


 それから陛下はクロさんの方を向き、少しだけ姿勢を正すと、



「じゃあクロも、今回は本当の本当に本気だっていうことだよね?一ヶ月半も触れるのを我慢できるくらいには……フェレンティーナさんのことが、好きなんだね?」



 そんな質問を、投げかけた。


 なんて恐ろしいことを聞くのだろうと、陛下を少し恨めしく思う。

 クロさんの、あたしに対する、本当の気持ち。

 怖くて、思わず耳を塞ぎそうになるが……

 聞いてみたい気持ちの方が、ほんの少しだけ勝り。



 広い広い謁見の間に。

 クロさんの、凛とした声が響き渡った。




「好きなわけないじゃん」




 …………え。


 呼吸が。

 思考が、止まる。


 しかし、すぐに続けて、




「『好き』だなんて、そんな甘っちょろい言葉で片付けないでほしいね。

 そんな生やさしいモンじゃないんだよ。僕の気持ちは。

 このさえいれば、他に何もいらない。

 この娘を奪うような奴が現れたら、誰であろうと殺す。

 本当はこうして、他の男の目に晒すことすら嫌なんだからね。

 僕だけのものにして、一生閉じ込めておきたいくらい。

 この娘の笑顔も、泣き顔も、怒った顔も、全部全部、僕のものだ。

 僕だけのものだ。

 それくらい、僕はこの娘のことを…

 生まれて初めて、心の底から、あいし……」




「だめっ!」



 そこまでで。


 彼の口を塞ぎ、続く言葉を止めたのは。


 他ならぬ、あたしの手だった。



「そこからは……そこから先は……」



 彼の口を押さえる手が、がくがくと震えている。

 ああ、だめだ。あたし。




「ちゃんと、……聞かせて……?」




 怖いくらいに嬉しくて、震えてしまう。


 こんな風に想われていたなんて。

 あたしが思っていたよりも、ずっとずっと。


 彼の中に、あたしがいた。



 だけど、その先は。

 こんなまほうではなく、ちゃんと。

 彼の意志で、彼自身の言葉で……聞きたい。

 いつか。いつの日か。



 あたしに口を押さえられ、クロさんは目を見開く。

 その顔は、見たことがないくらいに真っ赤だ。

 きっと彼の目には、似たような顔したあたしが映っているのだろう。


 そんなあたしたちの横で、国王陛下は「ふふ」と笑い、


「ごめんね、無粋なことを聞いてしまったようだ。

 でも、よーくわかったよ。もう君たちの交際には口を挟まない。これからも、仲良くね。

 ていうか、もういっそ結婚しちゃえば?婚姻可能年齢、十六歳に引き下げようか?」

「いやっ、さすがにそれはまだ……」

「お願いします」

「クロさん?!」


 面白がる陛下の言葉に、クロさんがあたしの手を押しのけてキリリと言う。


 だから……そういう大事なことは今じゃなくて!!

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