第62話 明かされる真実 I


 クロさんに促されるがままに、あたしたちはバルコニーから会場の中へと戻った。

 足枷だけ外し、ベアトリーチェさんがアリーシャさんを連れてくる。両手を拘束されたままの彼女を見て、そこにいる全員が畏怖と、嫌悪とを込めた視線を一斉に向けた。


「……おや。役者が一人足りないなぁ」


 会場をキョロキョロと見ながら、クロさんが言う。誰かを探しているのだろうか。


「まぁいいか。問題なのは彼だけじゃない。さ、それでは本題に……」

「君が探しているのは」


 クロさんの言葉に被せるように。

 会場の扉が開き、誰かの声がする。


「この男かい?」


 どん、と突き飛ばされ、つんのめりながら入ってきたのは……

 アリーシャさんと一緒に来場した、彼女の親族と見られる男だった。皆が注目すると、「ヒィッ」と怯えた声を上げる。


「…これはこれは。ちょうどいいところに」


 突き飛ばされた男性と、突き飛ばした人物を見て。

 クロさんは、嬉しそうに笑う。



「貴方が来てくれるなら、話が早い。ようこそ、僕らの舞踏会へ。……ロガンス王」



 ざわっ。

 クロさんの言葉と共に、扉の向こうから現れたその人に。

 会場中が、一層騒めく。



 そこに現れたのは……静かな威厳と息を飲むような美しさを纏った。

 ロガンス国王──ルナさんの、お父さまだった。



 その姿を見るのはこれで二回目だが、声を聞いたのは初めてだ。低くて深みのある、なんとも心地の良い声をしている。

 彼は数名の護衛を従えてゆっくりと広間へ入ってくると、めちゃくちゃになった会場を見回して、


「なんだか騒がしいと思って来てみれば……これは一体、どういうことだい?クロ。きちんと説明してくれないか」

「もちろん。たった今、当事者が揃ったところですよ」


 あたしは内心、焦っていた。

 だってここには、隊長と……ルナさんがいる。

 会うことを禁じられた二人がこの場に揃っていることを…どう、思われるか。

 さいわい大勢の人に紛れ、更には一回り大きい隊長に隠れるように身を潜めたため、ルナさんの姿は見つからなかったようだが。


「さぁ。どうしてこんなことをしたのか……話してくれないかな。アリーシャさん」


 クロさんの言葉に、その場にいる全員が再び彼女に視線を集める。

 あたしに両手をぐちゃぐちゃにされ、ベアトリーチェさんの魔法に拘束されたままの彼女は、


「……………」


 俯いたまま、じっと黙り込んでいた。

 それに苛立った様子で身を乗り出したのは、フォスカー副学長だ。


「おい、貴様!国王陛下の御前であるぞ!黙秘権などない!何も語らぬと言うのなら、力尽くで……」

「まぁまぁ、待ってください」


 ヒートアップする副学長をクロさんが制する。

 そしてあの、好青年然とした『クローネル教授』の口調で、


「どうして、こんなことを?」

「…………」

「王宮でこのような騒ぎを起こせば、ただでは済まされないことはわかっていたはずだ。それでも、その手を振るったということは…何か、よっぽどの事情があるんだよね?」

「…………」

「話して、くれないかな?」


 優しく、幼い子どもに言い聞かせるような声で、問う。

 しかし、


「………………」


 アリーシャさんは唇を噛み締めたまま、何も答えない。

 それがわかった途端、クロさんは先生の仮面を外した素の表情で、


「……そ。なら仕方ない。王、やっちゃって」


 タキシードのポケットに手を突っ込んで、国王に視線を送った。それに国王は、


「うん」


 一つ頷いてから、自身の右手を掲げると。


「あまり荒っぽい真似はしたくはなかったのですが…先ほど、副学長殿が言われた通り」


 空中に、『署名』をし始めた。

 再び会場がどよめく。無理もない。国王自らが、魔法を使うのだから。

 それは一体…どんな力なのだろう……


 息を飲み、見つめる先で。

 国王はあの、誰もが魅了されるような美しい笑みを浮かべて、



「……私の前では、黙秘権は存在しないのです」



 『署名』を終えたその指で、アリーシャさんをさす。すると彼女の体が、微かに光った。さすがの彼女もそれには戸惑い、自分の身体を見回す。


「──では、最初のです。あなたのお名前は?」


 国王は、穏やかな声音でそう尋ねる。彼女はやはり口を閉ざしたまま……かと思われたが。


「アリーシャ・モーエン」


 そう、答えた。

 答えてから、当人自身が驚いたような、焦ったような顔をした。意思に反して口が動いてしまったかのような表情だ。

 クロさんが、わざとらしく小首を傾げながら、


「あれ?君って、モーエンさんじゃないよね?スティリアム家のご令嬢なはずだけど…」

「ほう。それは、どういうことですか?」


 国王が言葉を継いでをする。

 すると。

 彼女は、こう言った。



「……私は、ルイアブック民国の人間だ。

 魔法の能力を見込まれ、スティリアム家に金で買われた。

 この家の、養子という形で」

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