第54話 舞踏会の幕開け II


 いけない。盛り上がりすぎて、クロさんに言われた時間を少しオーバーしてしまった。


 会場は、ロガンス城の西棟の最上階だ。階段を駆け上がり、あたしは息を切らしながら駆け込んだ。



 すると。

 そこは、まさにお伽話の中のパーティー会場だった。

 広い広い大理石の床はピカピカに磨かれ、天井の煌びやかなシャンデリアが鏡のように映っている。至る所に綺麗な花が飾られ、右側のバルコニーへの出口付近には食事や飲み物の支度が、左側の壁際では音楽団が演奏の準備を進めていた。


「…すごい……」


 クロさんに出会っていなかったら、一生縁のなかった世界だ。その荘厳さを目の当たりにし、今更ながら足が震えそうになる。

 …なんて、ビビっている場合じゃない。クロさんと合流しなきゃ。


 学院側の担当者たちがせわしなく準備しているのをキョロキョロと見回し、クロさんを探す。

 時間に正確な彼のことだから、もうここへは来ているはずだけど…

 と、左を向いて歩いていたら、右側から来た人とドンッ、とぶつかってしまった。


「あっ、すみませ………」


 その相手に謝ろうと、目を向けた、その瞬間。

 あたしは、瞬きも息も、止めた。

 ぶつかった相手、それは…



 裾の長い真っ白なタキシードと、シルバーのネクタイ。

 艶やかな前髪を斜めに分け、少し後ろに流した、普段とは違う髪型。


 そんな、まるで王子様のような出で立ちをした…


 あたしの、恋人だった。



「………………」


 その、あまりの素敵さに。

 あたしは、ただただ見惚れてしまった。


 彼以上に白タキシードが似合う男性が他にいるだろうか。いるなら連れて来てほしい。

 ていうか、髪型もイイ。普段見えないおでこがちょっと見えているところなんか最高だ。可愛すぎる。可愛いのに、かっこいい。かっこいいのに、可愛い。

 嗚呼、好き。大好き。



 ……と、脳内で気持ち悪い惚気を連発している間。

 クロさんの方も、ぶつかったことや遅刻したことを咎めるどころか、何も言わずにじーっとこちらを見つめて…


「………………」


 固まっていた。


 周囲で、大勢の人が準備に急ぐ中。

 あたしとクロさんの二人だけが、時間が止まったように動かなくて。



「…………ぁ…」


 息をすることすら忘れていたあたしが、呼吸を再開すると共に声を少しだけ漏らした、直後。



「すみません!そこ、通ります!!」



 と、大きな楽器を抱えた楽団の人に言われ。

 あたしたちはハッとなって、慌てて道を開けた。

 暫しぼーっと、ゆらゆら運ばれていく楽器を見送ると。


「…あの、クロさん。すみませんでした。遅れてしまって」


 あたしはあらためて、クロさんに謝罪の言葉を述べた。すると彼は、こちらに目を向けないまま、


「…別にいいよ」


 とだけ、短く言った。




 さぁ、いよいよ始まりだ。

 舞踏会の会場まで、あと二時間──

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