第55話 星に、手を伸ばす I


 午後四時。


 開場と共に、招待した学生とその親族が続々と集まって来た。

 さすがは貴族さま。高価そうな宝石でゴテゴテと着飾って、他の招待客と無言の金持ち合戦でもしているかのような装いだ。

 …なんて穿うがった見方をしてしまうのは、あたしが庶民の出だからなのだろうか。

 普段は制服姿の学生たちも、ドレスや燕尾服に身を包み、日常とは違う雰囲気を醸し出していた。


 そして。


 午後五時の開演間際に。

 アリーシャ・スティリアムさんと、その親族らしき男性が一名、最後に会場へと入って来た。

 開会の挨拶の準備で、奥の舞台へ上がっていたクロさんが、それを遠目に見つけるなり。


 ニヤリと口元を歪ませたのを、あたしは見逃さなかった。





「本日はお忙しい中、『エストレイア魔法学院』新入生歓迎舞踏会にお集まりいただき、誠にありがとうございます──」


 招待客が全員来場したことを確認し。

 司会進行役から指名されたクロさんが、挨拶を述べ始めた。

 会場中が舞台上のクロさんに注目する中、舞台の下で控えていたあたしはその場からそっと離れ、ルイス隊長を探す。

 まだ見かけていないので、正直焦っていたのだ。そもそも本当に来てくれるんでしょうね…?

 ルナさんは既にバルコニーへ来ているはず。この挨拶の内に、こっそり二人を引き合わせなければ。


 …ていうかクロさん、結局ドレスのことも髪型のことも、何にも言ってくれなかった…

 なんか、ぽかーんと見られた気はするけれど。やっぱり変だと思われたのかな、この格好……


 などと内心ため息をつきつつ、百人以上がひしめく会場内を静かに進み、怪しまれないよう目線だけ動かして探している……と。

 クロさんの立つ舞台と反対側……広間の入り口の扉がゆっくりと、僅かに開き…

 そこから、ひょこっと。

 よく知る銀髪頭が覗いた。


 …って、今来たんかい!!


 あたしは足早に扉に近付く。すると向こうもこちらに気付いたようで、嬉しそうに手を振りながら、


「よう、フェル。なんかもう始まっちまって……」


 なんて、普通の声のボリュームで話し始めるので。

 あたしは慌てて彼を扉の外へ押し出し、自分も廊下へ出る。


「隊長!遅いですよ!!」

「はは。すまんすまん」


 ぽりぽりと呑気に後ろ頭を掻きながら、ルイス隊長はへらっと笑った。しかも正装ではなく、いつもの隊服のまま来たようだ。

 ったく…人の気も知らないで…!

 と、文句を言う前に。あたしにはまず、彼に言うべきことがあった。


「あの…先日は、すみませんでした」

「先日?」

「モーリーさんのお店へ連れて行っていただいた日のことですよ。あたし、ヤケを起こしてワイン一気飲みして…そこからは断片的にしか覚えていないんですが、それだけ隊長にはご迷惑をおかけしたかと思うので…」

「なんだ、そんなことか。全然大したことなかったぞ、気にすんな。お前もストレス溜まってんだなぁ。だが、酒はまだ早いからな」

「はい…ごめんなさい。それで……」


 頭を下げながら、あたしは右手で後方を示し、


「お詫びの気持ちも込めて…隊長を、こちらにご案内したいのですが。ついて来ていただけますか?」

「ほう、なんだ?」


 腕を組んで首を傾げる隊長を、あたしは会場を経由せず廊下側から誘導する。こちらからも、バルコニーへ出られるのだ。


 ガラス張りの扉を開けると、冷たい風が頬を撫でた。赤い夕焼けと暗い夜の色とが、見事なまでのグラデーションを作っている。


 その、美しい空を背景に。

 ルナさんが、静かに佇んでいた。


 いつもとは違う、白地に紫のアクセントがあしらわれた可愛らしいドレスに、左肩へ流すようにまとめられた長い三つ編み。ピンクをベースにした、白い肌が映えるメイク。

 彼女もベアトリーチェさんにメイクアップを施されたのだろう。ただでさえ可憐なのが、いよいよ神話じみた美しさを放っている。


 しばらく魅入ってしまったあたしの、その背後から、


「………ルナ……」


 絞り出すような、隊長の声がした。

 そちらを振り返ると、驚きと、戸惑いと、切なさとが入り混じったような、見たこともない表情を浮かべていて…


「…お、お久しぶりです…ルイス……」


 ルナさんは、顔を赤くし涙目になりながらも、嬉しそうに微笑した。


「フェル、これは一体…どういう……」

「あら、奇遇ですね」


 困惑する隊長の後ろから、ベアトリーチェさんが扉を開けて現れる。


「殿下と流星群を見に参ったのですが…ルイス中将もでしたか」


 そう言って、にこりと笑う。口ではあくまで"偶然"を装ってはいるが、誰が見たって見え見えの演技だ。

 あたしは、思わずニヤつきそうになる。

 やったのだ。ついに二人を、引き会わせることができた。

 その嬉しさが、込み上げてきて。


「お前ら…王に怒られたって、知らないからな」


 困ったように、照れを隠すようにそう言ったルイス隊長の言葉に、ルナさんは首を横に振って、


「違うの。二人は…ビーチェとフェルさんは、私に協力してくれて…」


 そして、意を決したように拳を握りしめてから。

 真っ直ぐに、隊長の方を見つめて。


「…私が、ルイスに会いたかったの。いけないのはわかってる。けど……」


 言葉が震えてしまうのを、振り払うように。



「…ここで、あの日の続きを……星をっ、一緒に見ませんか…っ?」



 精一杯の声で、そう告げた。

 その想いを乗せ、風が、ルイス隊長の方へと吹き抜けた。


「………わかった」


 緊張した面持ちのルナさんに。

 隊長は、会えなかった時間を埋めるかのように、ゆっくりと近付いてゆき、




「…俺もずっと、お前に会いたかった」




 しっかりと向き合って、静かに微笑んだ。

 ルナさんの瞳から、涙が零れる。


 あたしは、ベアトリーチェさんと顔を見合わせてから。

 二人を残し、お城の中へと戻った。

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