第5章 舞踏会の夜に

第53話 舞踏会の幕開け I

 



「……………」



 目を、開ける。

 朝だ。

 舞踏会の日の、朝。


 ゆっくりと、ベッドから起き上がる。

 昨夜はあまり、眠れなかった。


『アリスちゃん』


 あの声が、耳に残っていて。



「…………はぁ」


 考えていても仕方ない。今日は舞踏会の運営側としてもやることがたくさんあるのだ。


 まず学院へ行って、舞踏会の流れを各担当と最終確認。フォスター副学長が手配した音楽団や、会場を飾り付けるお花屋さんの案内もしなければならない。

 それが落ち着いたら昼頃にルナさんのお部屋へ行って、ドレスに着替えさせてもらって。その後、会場に入る。


 もやもやしている暇はない。きちんと舞踏会をスタートさせて、ルナさんと隊長を会わせなくちゃ。


「………そうだ」


 ふと、あたしはクローゼットに目を向ける。

 今日みたいな日のための、とっておきの秘密兵器を、あたしは持っていたじゃないか。

 今こそ、の力を借りる時。

 あたしはベッドから降り、少し胸を高鳴らせながら。

 クローゼットから久しぶりに、例のものを取り出した。



 * * * * * *



 午前中に予定していた準備は、全て滞りなく終えることができた。

 クロさんと顔を合わせるのを勝手に気まずく感じていたが、彼は彼で各担当から最終確認を次々に頼まれていたので、あたしと会話することはほとんどなかった。

 そのまま、昼過ぎに会場で落ち合うことを簡単に告げられ、一度別れた。




 そして、今。


「うわぁ…」


 あたしは目の前の光景に、瞳を輝かせていた。

 訪れたルナさんの部屋。そこには。

 ハンガーラックにかけられた色とりどりのパーティードレスが、所狭しと並べられていた。


「さぁ、フェルさんに一番似合うものを選びましょう!」


 と、ルナさんがいつになく張り切った声を上げる。

 その横でベアトリーチェさんも、


「何着でも試着していただいて結構ですので。と言うか、色々と試させてください」


 なんて、人を着せ替え人形にする気満々なテンションで言う。

 ああ、この二人には本当に救われるな。曇っていた気持ちを、晴れやかで楽しいものに変えてくれる。


 あたしたちは、ああでもないこうでもないとかしましく騒ぎながら、ドレスを代わる代わる当て、試着し、その度に髪を結ったり降ろしたりして。




「………決まりですね」


 やがて、ベアトリーチェさんが言いながら額の汗を拭った。

 三人で大試着会をおこなった結果、選ばれたのは…


 黒地に、ワインレッドのリボンやフリルがあしらわれたマレットドレス…所謂、スカート部分の前が短くて後ろが長いドレスだ。

 運営側なので派手すぎず、脚さばきの良い、且つ大人かわいいデザインのものを、ということで、これに決定した。


 色酒場で働いていた時のピンクのドレスとは、まったく雰囲気が違う。確かに魅力的なドレスではあるが…


「こんな大人っぽいの…変じゃないですか?」

「そんな!よくお似合いですよ!サイズもぴったりですし」

「ええ。髪型でもまだ雰囲気が変わりますから。さ、ここへお掛けください」


 ルナさんとベアトリーチェさんに口々に言われ、あたしは半信半疑のまま椅子に座り。

 そのまま、ベアトリーチェさんによるヘアメイクが施され…

 あたしの赤い長髪は、顔のサイドのおくれ毛を残し、全て綺麗に纏められた。


「はい、完成ですよ」

「おお…!」


 ルナさんが、興奮した様子でこちらを見てくる。

 ベアトリーチェさんが後ろから「はい」と手鏡を渡してくれたので。

 恐る恐る、覗き込んでみると、


「……わ…」


 いつもとは違う自分が、そこには映っていた。

 普段はハーフアップにしていることが多いが、編み込んでまとめただけでだいぶ雰囲気が変わる。長めに引いたアイラインと、ドレスに合わせた赤いアイシャドウが、より大人っぽく見せてくれている。


「すっっごく素敵です、フェルさん!ビーチェも、さすがです!!」


 鼻息を荒くして言うルナさんに、ベアトリーチェさんは「素材が良いので」と返してくれた。


「さぁ。指揮官にその素敵なお姿を見せてきてくださいな。きっと見惚れちゃいますよ」

「私たちも、約束のお時間になったら向かいますね」


 二人に、笑顔で見送られ。


「…本当に、ありがとうございます。頑張ってきます!またあとで!」


 いつもより数センチ高めのヒールを鳴らし、会場である広間へと向かった。

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