第51話 胸騒ぎの前夜 I


 それからの一週間、あたしは毎日のようにルナさんの部屋を訪れた。

 彼女の魔法の特訓に加え、ベアトリーチェさんが、


「フェレンティーナさんも舞踏会に参加されるのであれば、踊りの練習をしてみませんか?」


 なんて言い出したので、あたしも連日ダンスの練習をしていたのだ。

 視察だと言って出かけたあの日、クロさんは夜遅くに戻られたようで。

 翌日からは予定通りのスケジュールで仕事をこなしていたため、あたしが魔法を会得したことをまだ明かせずにいた。


 もし、舞踏会で一緒に踊ってもらえるのなら。

 その時にでも、満を辞して伝えてみようかな…

 ダンスも上手くできて、「実は、魔法も使いこなせます!」なんて言ったら。

 クロさん、どんな反応するかな。「頑張ったね」って、褒めてくれるだろうか。


 あとは、ルナさんの魔法さえコントロールできるようになれば完璧なのだが…



 * * * * * *



 などと考えて過ごしている内に。

 あっという間に、舞踏会の前日になっていた。



「じゃあ、それ終わったら今日はもう帰っていいから。明日の舞踏会、よろしくね」


 魔法学院の、理事長室。

 明日に控えた舞踏会の受付名簿や、運営側の動きをまとめた書類の準備を依頼されたあたしは。

 今日も今日とて、アリーシャさんの個人レッスンに向かうであろうクロさんを見送りながら。

 ……なにも舞踏会の前日までレッスンしなくても。

 と、ほんの少しだけ思いつつ、


「はい!お疲れさまでした♪」


 魔法を使いこなせるようになったことから心の余裕が生まれたのか、笑顔で手を振ることができた。

 さぁ、あたしも今日はこの後ルナさんのところへ行って、最終確認をしなきゃ。

 明日、なんとかルナさんとルイス隊長を、会わせてあげたい。

 そのためには、せめてルナさんが隊長と会っても魔法を暴走させないように、"心の安定"を保つことが重要だ。それを密かに、あたしとベアトリーチェさんで見極めているところなのだが……


「あたしも魔法の専門家じゃないから、そのあたりの機微がわかんないのよね…」

 

 手元で書類の準備をしながら、一人呟く。と、その時。

 理事長室のドアが、強めにノックされた。そのまま、こちらの返事を待たずに、


「フェレンティーナさん!!」


 飛び込んできたのは……なんと、ベアトリーチェさんだった。

 宮仕えの彼女が学院に来るなんて…しかも相当慌てて駆けて来たようで、息は荒く、いつもきちっとまとめてあるお団子ヘアも少しだけ乱れていた。


「ど…どうしたんですか?」

「殿下が…殿下が……!!」


 きれぎれの息の合間に必死な様子でそう言うので。

 あたしは、とにかくルナさんに何かあったのだと悟り、すぐに理事長室を出、ロガンス城へ向けて走り出した。

 どうしたのだろう…まさか魔法を上手くコントロールできず、自分自身を眠らせてしまって、まったく起きないとか…

 そんな…舞踏会は、明日なのに……


 不安に駆られ速まる鼓動に合わせるように、あたしは彼女の部屋へと駆ける足を加速させた。

 階段を駆け上り、分厚い大きな扉をノックもせずに開け放ち、


「ルナさん!!」


 彼女の名を、叫ぶ。


 ルナさんは、こちらに背を向け、窓の方を向いて立っていた。

 よかった。意識はあるようだ。

 あたしの声を聞き、彼女はゆっくりと振り返り…

 くしゃっ、と、今にも泣きそうに顔を歪ませ、


「フェルさん……これ……」


 声を震わせながら、窓の方を指さす。

 彼女の指の先…出窓に置かれた、『はにかみ草』の鉢植え。

 その、黄色い花が、


「あ………」


 まだ、夕暮れ前だというのに。

 その蕾を閉じ、眠っていた。


「…これ……ルナさんが…?」


 掠れる声で尋ねると、彼女は無言でコクコクと頷いた。

 …やったんだ。

 ついに、ルナさんが。

 魔法を、コントロールして…

 対象物を眠らせることに、成功したんだ。


「やっったぁぁああ!!」


 がばぁっ!

 と、あたしは思いっきりルナさんに抱きついた。彼女もそれを笑顔で受け止める。


「ルナさん!ルナさん!!すごい!すごいです!!」

「と言っても、呪文の詠唱はまだ必要なので…やっとスタートラインに立てただけですが」


 二人して泣き笑いしながら抱き合い、ぴょんぴょん跳ねていると。

 ぎゅうっ。

 あたしとルナさんは、柔らかい感触に包み込まれた。

 後ろを見れば、追いついたベアトリーチェさんが腕を回し、あたしたちを抱きしめていて。


「殿下…本当に、本当によく頑張りましたね。フェレンティーナさんも…なんとお礼を申し上げれば良いか。ありがとうございます」


 その瞳には、涙がうっすらと滲んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る