第8話 純愛プリンセス I
もやもや、いらいら、ギリギリ。
ああもう、むかつく。むかつく!
だいたいクロさんはいつもそうだ。マイペースに人のことを振り回すクセに、変なところで独占欲が強いというか…
などとムカッ腹を抱えながら、いつものように会議が終わるのを廊下の壁に寄りかかり待っていると。
「もし」
横からいきなり、声をかけられた。
気配を感じなかったので、少し驚いてそちらを見る。
するとそこには……これまた美しい女性が立っていた。
二十代半ばくらいだろうか。頭の高い位置で纏め上げた艶やかな茶髪。目尻の下がった、優しげな青い瞳。ぽってり赤い唇の横にほくろが一つ。尖った耳。そして。
スーツに包んだ、グラマラスなボディ。
そんな、突如として現れた肉感美女は、にこりと微笑むと、
「フェレンティーナ・キャラメラートさん、ですね?」
落ち着いた声音で、そう尋ねてきた。
「は、はい……そうですが」
「よかった。あの、今お時間あります?ちょっとだけ、お付き合いいただきたいのですが」
「あ、あたしですか?」
自分を指さし聞き返すと、女性は頷いて、
「ええ。貴女様に、どうしてもお会いしたいという方がおりまして」
などと言う。
正直、反応に困った。というのも、この王宮に住まわせてもらってから、クロさんと軍部絡みの人たち以外とはロクに話したことも、話しかけられたこともなかったのだ。
食事や着替え、掃除などは本職のメイドさんたちがまとめてやってくれているのだが、お礼を言うことはあっても会話には至らず。
だから、恐らく軍部の人ではない、メイドさんでもない様子の彼女が、一体どういったご用件で声をかけてきたのかと思えば…
「会いたい…?あたしに??」
「そうです。こちらへ、お越しいただけますか?」
訝しげに見返すあたしの視線を笑顔で受け止め、女性は
……ついて来い、ということなのか?
「………………」
まぁ、ここにいても手持ち無沙汰だし。
あたしは、とりあえずついて行くことにした。
彼女に連れられ、辿り着いたのは一つ上の階の、中央の部屋だった。
あたしやクロさんの部屋のものとは明らかに違う、重厚で、美しい彫刻のあしらわれた巨大なドアを。
その女性は、一度こちらに目配せしてから、開け放った。
ギギギギ……
重々しい音と共に、開いた隙間から光が差し込む。どうやら正面に窓があるらしい。
眩しさに手を掲げながら、部屋の中へと視線を向けると。
そこには……
「………こ、こんにちは」
少女だ。あたしと同い年くらいの女の子が、大きな窓の下のソファに座って、小さな声でそう言った。
部屋に足を踏み入れ、光に包まれたその姿が明確になる……と。
あたしは、その美しさに息を飲んだ。
琥珀色と水色の中間のような長い髪。同色の、ガラス玉みたいに透き通った瞳。抜けるように白い肌。薔薇の蕾のような唇。小柄でとても華奢な身体を、桃色のドレスで包んでいる。
耳が長いことも相まって、まるで神話に出てくる妖精のように可憐な少女だった。
「殿下、お連れしました」
「……殿下?!」
ドアを閉めてから、先ほどの女性が
じゃあ、この子って、もしかして……
固まるあたしをよそに、その少女はスッと立ち上がり、
「──ルニアーナ・ウィル・ロガンスと申します。急にお呼び立てして申し訳ありません、フェレンティーナさん」
"ロガンス"の姓を持つ、ということは……
やっぱり……お姫様?!
先ほどお見かけしたロガンス王の、一人娘…?
「さぁ、こちらへ」
案内してくれた女性に促されるままにお姫様の側へと向かうが、緊張と戸惑いのあまり手と足が同時に出てしまう。
な、な、なんだって本物のお姫様が、あたしなんかを呼び出して……
はっ。ひょっとして。
元敵国の人間だから、その辺りに問題があったのだろうか…?あああ、そうなんじゃないかと思っていたのだ。クロさんのゴリ押しとルイス隊長の後押しでフラッと来てしまったが、ちょっと前まで戦争相手だった国の小娘が、こんなお城に住んで良いわけがなかったのだ。
『城から出て行ってください』
そう言われるに違いない。終わった。強制送還だ。さよなら、クロさん。
と、そこまで思考を巡らせたところで、
「実は、貴女に折り入ってお願いがありまして…」
目の前のお姫様が、伏し目がちに口を開く。
ほらきた。だよね〜そうだと思った。そんな都合よくお城になんか住めないよね。調子に乗ってすみませんでした。
短い間だったけど……いい夢を見させてもらいました。
クロさん…遠距離恋愛になっても、あたしと恋人でいてくれるかな?
なんて考えると、ちょっと泣きそうになるが。
あたしは、パッと顔を上げて、
「わかりました。王女様の仰せのままにいたします」
目にちょっぴり涙を溜めながら、言う。
反発する理由など一つもない。だってこの国には、感謝してもしきれないくらいなのだ。それに、自分の身分だって弁えている。
さぁ、どうぞ断を下してくださいませ。お姫様。
あたしが真っ直ぐに見つめると、ルニアーナ姫は。
花のつぼみが開くかのごとく、ぱぁあっと微笑んで、
「あ、ありがとうございます!では、ぜひ戦地でのお話をお聞かせください!!」
そう、おっしゃられた。
………………………………おん?
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