第9話 純愛プリンセス II


「えと………今、なんて?」

「フェレンティーナさん、第二部隊の方々と共に過ごされていたのですよね?その時のお話を、詳しく教えていただけませんか?」


 ………えぇと…それはつまり……

 ………え???


 混乱しフリーズするあたしに、先ほどの肉感美女が後ろから、


「端的に申しますと殿下は、ルイス・シルフィ・ラザフォード中将のお話をお聞きしたいのです」


 と、静かな声で言った。それにお姫様は「ビーチェ!」と小さく叫んで顔を真っ赤にする。

 あたしが振り向くと、肉感美女はにこりと笑って、


「申し遅れました。わたくし、ベアトリーチェ・ウェルズリーと申します。ルニアーナ王女の身の周りのお世話をさせていただいております」


 ぺこりと頭を下げ、そう名乗る。


「殿下が、お慕いするルイス中将の戦場でのご様子を、ぜひ貴女様より伺いたいと申しましたので、こちらへご案内させていただいた次第です」

「もう!ビーチェったら!」


 ベアトリーチェさんの言葉に、両手で顔を覆うルニアーナ姫。

 ………ん?と、いうことは?


「あたしは……出て行かなくても、いいのですか?」

「え?」

「いや、あの………隊長に助けられたことをご存知なのであれば、あたしがイストラーダの人間だってことも……ご承知の上ですよね?」


 恐る恐る尋ねるあたしに、ルニアーナ姫は「はい」と答えてから、


此度こたびいくさでは、イストラーダ王国の民の皆さまにも大変な苦しみを与えてしまったと伺っております……あなたのことも、クロードからよくよく聞いておりました。お辛かったでしょう。父に…ロガンス王に代わり、あらためてお詫び申し上げます」


 本当に申し訳なさそうな顔をして、その美しい髪を垂らして。

 あたしに、頭を下げた。


「そ、そんな!どうか顔を上げてください!!頭を下げるのはあたしの方です!異国の民でありながら、断りもなくここへ住まわせてもらっているのですから…」

「いいえ。クロードから伺っておりますよ。『赤い目をしたうさぎさんを連れてくるから、ここに置いて欲しい』って」

「く、クロードって……」


 もしかしなくても、クロさんのこと…だよね?

 あの人……あたしのこと、お姫様に話して……

 ルニアーナ姫は穏やかに微笑みながら、


「あまり城の外へ出られないので、お友だちがいなくて……同じ年頃の方が来てくださって嬉しいです。お話相手になっていただきたいのですが……やはり、お忙しいでしょうか?」

「と、とんでもないです!あたしなんかでよければ……いくらでも話し相手になります!!」


 声を上擦らせて、あたしは自分の胸に手を当てる。

 それにお姫様は、またぱぁっと笑って、


「ありがとうございます、フェレンティーナさん」


 首を少し傾げて、言った。

 嗚呼……可愛らしい。なんてピュアな笑顔だろう。なんでもしてあげたくなってしまう。

 しかし、ということは…本当に、あたしはこの城にいることを許されているらしい。

 ……つくづく、寛大な国である。ロガンス帝国というところは。


 で。

 お姫様が聞きたいお話というのが、


「それで、えと……ルイス隊長について、ですよね?」

「はっ」


 あたしが尋ねると、お姫様は再び顔を真っ赤に染め上げる。

 名前を聞いただけでこの反応……そして、さっきのベアトリーチェさんの言葉から察するに。

 ……もしかして、隊長のことが…


 ルニアーナ姫は頬に手を当て、目を伏せながら、蚊の鳴くような声で言う。


「……お、幼馴染なんです…ルイスとは。だから、その…戦地でどのように過ごしていたのか、心配で……」


 しかし、あたしの後ろに控えるベアトリーチェさんはまたまたばっさりと、


「好きなんですよね、ルイス中将のことが」

「ビーチェ!!」


 ああ、やっぱりそうか。

 ベアトリーチェさんがさらに続けて、


「ルイス中将……もとい、ラザフォード家は、代々王族を最も近くでお守りする近衛兵を務める一族。大元帥であらせられるルイス中将のお父様が近衛兵長も兼任されていることもあって、殿下と中将は幼少期より親交があったのです」


 なるほど。それで、幼馴染なんだ。

 ……けど、それならば、


「幼馴染なら……直接様子を聞くことは、できないのですか?」


 と、頭に浮かんだ疑問をそのままぶつける。

 それにルニアーナ姫は、長い耳をしゅんと垂らして、


「……禁じられているのです。ルイスと、会うことを」

「えっ?なんで……」


 少し俯いてから、彼女は悲しげに笑って、


「私が至らないばっかりに、彼に迷惑をかけてしまったのです。それで、三年前に……父から、接触することを禁止されてしまいまして」

「そんな……」

「でも、良いのです。ルイスが無事に帰ってきた。それだけで……彼が生きているだけで、幸せですから」


 そう、言った。


「…………………」


 そんなの、ウソだ。

 好きなら、会いたいに決まっている。声を聞いて、触れ合いたいに決まっている。

 だって本当に『生きているだけで幸せ』なら、こんな……悲しい笑顔を見せるわけがないもの。


「………わかりました。王女様」


 何故、隊長と会えなくなってしまったのかはわからない。一国の姫君なのだ、きっといろんなしがらみがあるのだろう。

 けど……

 だったらせめて、あたしは、



「あたしが見た、ルイス隊長のこと。ぜんぶぜんぶお話します!」



 教えてあげたい。

 貴女の愛する人が、どれほど素晴らしいかを。

 どれだけあたしが、救われたのかを。



 真っ直ぐに目を見て言ったあたしに、ルニアーナ姫は、


「……ありがとうございます!」


 あの、満開の笑顔を返してくれたのだった。

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