第7話 会議ではなく懐疑を II


 朝食を終え、準備を済ませると。

 クロさんは今日も城内の会議室へと向かった。

 九時から、軍部の本会議が始まる。


 毎日毎日飽きもせずに……一体、何を話し合っているのだろうか?


 と、気持ちのささくれたあたしは思ってしまうわけだが。

 しかし今日は、いつもと様子が違った。

 会議室のあるフロアの廊下に差し掛かると、いつもは既に室内に入っている人たちが廊下に整列し、皆誰かの到着を待っているようなのだ。


 その中に。

 あたしは、見知った顔を見つけた。



「あっ、ルイス隊長!!」



 その名を呼んで駆け寄ると、彼もこちらに気付き、手を振る。


「おう、フェル。やっと城の中で会えたな」

「お久しぶりです!視察はもう落ち着いたんですか?」

「ああ、一旦な。これからしばらくは、ここに待機だ」


 そう言って笑う彼の名は。


 ルイス・シルフィ・ラザフォード。あたしの、命の恩人だ。

 銀色の髪、同色の瞳を持つ精悍な顔立ち。エルフの血を色濃く残す、長く尖った耳。引き締まった長身は、軍人さながらである。


 先の戦争にてロガンス帝国ナンバー2の強さを誇る部隊の隊長を務めていたことから、あたしは『隊長』と呼んでいるのだが……戦争が終わり、あの隊も解体されてしまったらしい。

 今は国内外の状況を視察して回っていると聞いていたが、無事に帰ってきてくれたようだ。


「ここでの暮らしには慣れたか?…クロ、人使い荒いから大変だろ」

「えぇ、本当に」


 隊長と小声でこそこそ話す後ろで、クロさんが「何か言ったー?」と眉間にシワを寄せる。

 と、その時。


 ザッ!!


 廊下に待機していた人たちが足を揃え、一斉に敬礼をした。

 隊長とクロさんも同じく敬礼をするので、訳がわからないままとりあえずあたしも真似をする。

 こんなに仰々しくお出迎えして……一体、誰が通るのかしら?

 と、廊下の向こうにちらりと目をやると。


 一人の、背の高い男性だった。

 澄み切った空のような淡い水色の長髪。それよりも少しだけ濃い、碧色の瞳。高い鼻、上品な口元。そして隊長と同じ、長い耳。

 まさに、文字通りの『美男』。高貴な美しさの漂う、神秘的な人だった。

 その優美な男性は静かに廊下を歩み、会議室に足を踏み入れる少し手前で。

 ぽやんと見つめるあたしに気がつくと。


 にこっ。


 と、誰もがとろけるような柔和な笑顔を、こちらに向けてきた。

 はわわ……なんて…なんて……


「……………きれい……」


 室内へと消えていく後ろ姿を眺め、思わず口にしてしまった。

 あんな綺麗な人間を見たのは初めてだ。本当に同じ人間なのか?神様?美の神様なの?ていうか男性であの美しさは反則でしょ…

 などと、うっとり余韻に浸っていると、


「ばか。あれ、王さまだよ」

「えっ?!!」


 隣でクロさんが、不機嫌そうに呟く。

 い、今のが……あの美しい人が、ロガンス王?!

 こちらに来ることが決まってから、この国の系譜はあらためて調べたのだ。確か名前は…

 ソルジェーニ・ミカエル・ロガンス。

 想像よりも、ずっと若くて……素敵…


 と、驚くあたしの側を離れ、クロさんは足早に会議室の方へと向かう。

 そして、横目でこちらを一瞥し、



「ウワキモノ」



 目を細めながらそんな捨て台詞を吐いて、去っていった。



「……………………」



 っはぁぁああぁああ?!

 何ソレ……全っ然恋人扱いしてくれないクセに、ちょっと見惚れたくらいでヘソ曲げてんの?!!

 だいたいクロさんなんか、最近は笑いかけてもくれないじゃない!!


「ほんっっとにあの人は、あたしの気も知らないで…!!」


 ギリギリと奥歯を軋ませるあたしの肩を。

 ルイス隊長が、ぽんと叩いて。



「……今度、飯食いに行こう。なんでも奢るぞ」

「…………ありがとうございます」



 そう言ってくれたので、おとなしく頷き。

 それを確認してから、隊長は会議室のドアを閉めていった。

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