第6話 会議ではなく懐疑を I
──コンコン。
クロさんの部屋の戸を、ノックする。
が。
「………………」
しばらく待ってみても、返事がない。
聞こえなかったのかな?と思い、もう一度、今度は強めに叩くが。
やはり、反応なし。
……まさか、まだ寝てる、とか?
いやいや。彼に限って、それは……
と思いながらダメ元でドアノブを捻ってみる。と。
ガチャ。
それは、あっさりと開いてしまった。
「…………失礼しまーす」
ドアの隙間から顔を覗かせ、そうっと中をあらためる。
あたしのと造りはほとんど同じだが、少しだけ広いその部屋。
しかし、彼の姿は見当たらない。代わりに、ベッドが少しこんもりしているように見える。
……もしかして本当に、まだベッドの中なのか?珍しい…
たしかに、連日あの激務なのだ。鍵をかけ忘れるほどに熟睡しているのかもしれない。
「……………………」
あたしは、ぐっと拳を握った。
これは、チャンスだ。
彼の貴重な寝顔を拝み、あわよくば……
おはようの、キスを……
などという邪な考えに頭を支配されるくらいには、あたしは欲求不満なのであって。
そのままドアの隙間から、泥棒よろしく足音と気配を殺して部屋に入り。
一歩ずつ、慎重に、ベッドへと近付く。
ここで起こしてしまっては、作戦が台無しだ。と、息をも止める。
「……………………」
そろーっと、ベッドを覗き込む。
ぬぅ。毛布の中に潜っているのか、顔が見えない。
こうなったら。
めくるしか、ない。
「……………………」
あたしは両手の人差し指と親指とでつまむようにして。
毛布の裾を、静かに、ゆっくりと……
持ち上げようとしたところで。
「……なにやってんの」
びっくぅぅっ!!
後ろから、声をかけられる。
恐る恐る振り返ると、そこには……
「……あ、クロさん…おはようございまーす…」
彼が、立っていた。
顔を洗っていたのか、眼鏡を外し、首からタオルをかけている。少し濡れた前髪が、とても色っぽい。
もう着替えも済ませていたようで、下はスラックス、上はワイシャツを、前を開けた状態で羽織っていた。
……やっぱり、起きていたんですね。
「いや、あの、これはですね……まだクロさんがベッドで寝ているのではと……」
火照った頬を隠すように、顔の前で両手を振りながら、必死に弁明する。
「決して、ヘンなことしようとか、そういう訳では……」
しかし、そんなあたしの言葉を無視して。
クロさんは真剣な顔つきでツカツカと近付いてきて…
バッ、とあたしの左の手首を掴んだ。
そのまま、静かに顔を寄せてくる。
……な。
え?怒っているの?
それとも、それとも……
久しぶりに…キスを……?
ちら、と目線を下に向ける。
……嗚呼、ワイシャツの前閉めてください…刺激が強すぎます。
なんて、緊張と期待が入り混じったまま。
眼鏡越しでない、裸の瞳に吸い込まれそうで、瞼を閉じかける……
………が。
「…………七時か。時間ぴったりに来たね」
彼は。
平坦な声で、そう言った。
その目線の先には……
あたしの、腕時計の文字盤があった。
そしてあたしの手を離すと、
「そこのネクタイ取って。あと眼鏡も」
視線を手元に落とし、ワイシャツのボタンを留め始める。
「…………………」
そ…そ……
雷鳴を轟かせ、脳内のあたしが絶叫する。
なに…なんなの……急に真顔で迫って来たかと思えば…時計?!どんだけ目ぇ悪いのよ!!
あああもう、あたしばっかりドキドキして……馬鹿みたいだ。
この人は…寂しいとか、触りたいとかって、思わないわけ?!
あの馬車の中で交わしたような口づけを、またしたいとかって、思わないわけ?!
それとも本当に、あたしのことは…
あたしのことは、珍しい魔法の能力を持った、コレクションの一つとしか思っていないのだろうか…?
「………………」
そうだ。
そもそも彼は、あたしに宿る『精霊』に興味を引かれて近付いてきたのだ。
あたしの魔法の能力。それは。
人間が持つ細胞の再生機能を強制的に刺激し、死に至らしめる、というもの。
彼曰く、『殺す気満々な能力』。(全然嬉しくない)
この、世にも珍しい力に惹かれて"精霊オタク"であるクロさんは、あたしをロガンス帝国に連れて帰ろうと思い立ったのだ。
……あくまでそれはきっかけで、『能力がなくても君が欲しい』とまで言ってくれてはいるのだが。
その言葉を、信じていた。
けど。
これじゃああまりにも、ただのビジネスパートナーだ。
やっぱり彼は、あたしの能力だけが欲しくて、側に置いているのだろうか…
「……ねぇ、聞いてる?」
その声に、ハッとなる。
見ればいつの間にか眼鏡をかけたクロさんが、俯くあたしの顔を覗き込んでいた。
「具合でも悪いの?」
「い、いえ。そういうわけでは…」
ううう…もやもやするのに、こんな近くで見つめられると今だにドキドキしてしまう自分が悔しい…
「そ。ならいいけど。行くよ」
ぱっ、と身を翻して。
彼は足早に、部屋を後にする。
「…………………」
一緒にいられるだけで幸せ。
側にいられるだけで幸せ。
そう思わなきゃ、いけないのだろうか?
もっと触れたい。
『好き』って言ってもらいたい。
そんな悩みは、贅沢なのだろうか?
ああ、駄目だ。ローザさん。
「……手紙、早く出そ」
呟いてから。
あたしは、彼の背を追い部屋を出た。
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