血汐燃ゆるは現世のみ
秋保千代子
月も凍てつく夜ゆえに
初めての夜をすごす夫婦のためにと
その月影を背にうけながら、夫となった男は婚礼の衣裳を脱いだ。
筋ばった首が、鍛えぬかれた肩が、 無駄なものなど一切ない胸と腹が、
これからおのれの身を自由にするのだろうその体から、
彼女もまた、
両腕で自分を抱きしめて、唇を噛む。
すると、口の中に
本当に、にがい。
お互いに想いあって結ばれるわけではないと思うと、苦しさしかない。
先代将軍の落胤である
花嫁は誰でもよかったのだ。
――たまたま、わたしだっただけ。
帰蝶の心に巣くうのは、諦めと
一方で、彼はどうなのだろう。押しつけられた花嫁を、どうするつもりなのだろう。
溜め息をはいて、向きなおる。
けわしい視線を真正面から受けとめる。
やがて、義高が先に動いた。
指先に
「怖いか?」
低い声で問われ。
「いいえ」
帰蝶はうっすらと笑って、答えた。
唇が重ねられて、汗ばんだ胸と胸がぶつかって、体がつながる。
その痛みは覚悟していたことなのに、涙が止まらない。
だから。
事が成されたあとにも触れてきた掌に、おもいきり歯を立てた。
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