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部室のドアに耳をつけて、会長の落語が一区切りするのを待つ。会長は落語を練習しているところを見られると、少し機嫌が悪くなるのだ。会長の声が途切れたところで、渋さんがドアを開けた。
「おっと、楽々、練習中だったか」
なんとも白々しい様子で入っていく。
「渋々と……後ろにいるのは縞か。何しにきたのか知らんが、俺の前で麻雀をするなよ」
「そういうんじゃなくてね。お前さん、今回は時そばをするんだって?」
「そうだ。みんなが知ってる噺っていうのは、誤魔化しが効かないから難しいな」
やはり、会長は落語の話になると生き生きする。その流れで何か引き出そうというのが渋さんの作戦らしかった。
「誰のをやるんだ?」
「俺は特定の誰かの噺をすることはないよ。できる限りいろいろな噺家を見て、それを自分なりにやるんだ」
“誰のを” というのは、誰が演じた噺を参考にするのか、ということである。本物の噺家であれば、噺は師匠から教えられるものだが、落語研究会ではそうはいかないので、本物の噺家の音源や映像を真似て演じるのである。同じ噺でも噺家によって演じ方や内容が変わってくるので、“誰のを” やるのかが重要なのだ。
しかし会長は、一人の噺家を参考にするということはなく、これも落語の実力と自信の表れだろう。会長の演じる噺はその性格か、整合性を重視した完璧主義な仕上がりになるのだった。
「で、もう噺はできるのかい?」
「いや、まだだな。掛け声のところはずいぶん練習したが、今度は大事な銭勘定のところが上手くいかなくてね」
「そうか、完成したら聞かしてくれや」
「お前は聞くばっかりで、たまには演じる方もやったらどうだ」
渋さんは会長の小言を適当にあしらって部屋から出て行った。僕も後についていく。
「それで渋さん、なにかわかったんですか?」
「そうさね、あとは検証するだけだな。縞、先に喫茶店へ戻っててくれ。俺はちょっと図書館で調べ物をしてくる」
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