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喫茶店に戻ってコーヒーを頼んだが、そわそわして落ち着かなかった。妙な客と思われただろう。
渋さんが来るまで二、三時間ほどあったのではないかと錯覚したが、実際は頼んだコーヒーに手をつけることもないうちに、渋さんは戻ってきた。
渋さんが椅子に座ると同時に、僕は切り出した。
「それで、真相を聞かせてくれるんですよね? ここでまたお預け、ってことはないですよね?」
「まあそう急くなよ。それに、真相ではなくてあくまで推理だ。今からする話は俺なりの解釈でしかない。落語と一緒だよ。じゃあ、少し形式張って話をしてみようか」
「まずは問題提起だな。俺たちが考えていた謎は、五十円玉二十枚を両替しにくる男の話だった。男は毎週土曜日に現れて、五十円玉を二十枚出して、両替を頼む。これだけのことだが、単純な分だけ解釈がいろいろできるから、かえって難しい謎だ。
で、俺がどうやって推理したかというとな、まず犯人がわかった。まあ、犯罪を犯した訳ではないから、犯人でも何でもないんだけども。本来なら真っ先に犯人が分かるはずはないが、あまりにも身近に犯人がいたんだ。これはお前に言ったな。犯人は、我らが落研会長だ」
さっき渋さんが洩らしたことだが、やはり僕にはさっぱり理由がわからなかった。
「なぜ、会長が犯人だとわかったか。自白させなきゃはっきりとはしないが、なぜ、会長ならやりそうだ、と考えたか。まず、犯人が毎週土曜日に現れることが引っかかった。なぜ土曜日なのか。犯人には、土曜日に両替しなければいけない理由があったんだ。
それはお前だ、縞。お前、駅前の本屋のシフト、土曜日は入ってないんだろう」
「そうです。他にも入っていない日はありますけど」
「おそらく、犯人のサイクルとお前のサイクルがちょうど噛み合うのが土曜日だったんだ。犯人は、毎週本屋に通っていることをお前に知られたくなかったんだ。なんとなく、お前の知り合いなんじゃないか、って考えが巡ってしまう。それに加えて、会長がやるネタだ。時そばには銭勘定のシーンがある。両替から発想して、何か繋がりそうに思える。
そういう思考で、会長が犯人っぽいな、と思った。もちろん、全く俺たちとは関係ない人物が、俺たちが全く知り得ない理由で行ったことかもしれない。だが、ちょっと会長犯人説で考えを進めてみよう。
犯人はわかったとして、なんでそんなことをするのか、の説明が必要だ。俺は、この答えが時そばにあるんじゃないかと考えた。会長なら、銭勘定のシーンのリアリティを追求しかねない。そこで俺は、会長から何か引き出そうとして、会長に時そばのことを聞いたんだ。案の定、奴さんは銭勘定でつまづいていた。
つまり会長は、銭勘定でのリアリティを求めようとして、土曜日に本屋に通い詰めて、五十円玉二十枚を両替させていたんだ」
「土曜日に両替する理由はいいとしても、なんで本屋なんですか? それに、銭勘定の練習がしたいんだったら、何も五十円玉二十枚でなくてもいいし、そもそも両替する理由にもなってないじゃないですか」
「そう畳み掛けるなよ、そういう細かい疑問も全部、説明がつくんだ。まず、なぜ両替なのか。会長は銭勘定の練習がしたかった。これはあの人の癖なんだが、自分のやろうとしていることを客観的に見ようとする。だから、銭勘定も誰かにして欲しかったのさ。両替させて、一枚ずつ数える動作を練習していたんだ。
次に、なぜ本屋なのか。これは単純な話で、両替だけしてくれるところが駅前の本屋だけだったんだ。銀行では機械で勘定するから銀行は使えなかった。それだけだ。
最後に、なぜ五十円玉二十枚なのか。これが一番不可解な謎だ。なぜ五十円玉なのか。五十円玉というのは、穴が空いていて、そう、一文銭に似ている。会長はそこまでこだわったんだ。一文銭は直径が約2.42 cmで、重さが約3.75 gだ。対して五十円玉は、直径2.10 cm、重さ4 gと、近似としては悪くない。だから五十円玉を使ったという訳だ」
硬貨の大きさなどを渋さんが覚えている訳がないから、図書館で調べたのはおそらく、これらの詳細な数字だろう。詳細な数字があると、俄然説得力が増す。これで残る問題はあとひとつだ。
「じゃあ、なぜ二十枚なんです?」
「おまえ、時そばのサゲは知ってるか?」
僕だって落研の端くれである。渋さんも確認のつもりで聞いてきた。
「さすがに知ってますよ」
と僕は言い、記憶を頼りにやって見せた。
「(前略) おやじ、銭が細けぇんだ、手ェ出してくんな。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、む、なな、やぁ、あー、今何時でい? へぃ、よっつ。いつ、むぅ、なな……勘弁してくれい」
「まあ、見よう見まねで下手くそだが、そんな感じだ。なんでそういうサゲが成立する?」
これも確認である。
「時そばには客が二人出てくるんです。一人目は、そばの屋台に九つ(現在でいう午前0時ごろ)にきて、そばを食って、支払いするときに銭を一文づつ数える。九枚目の一文銭を数えるときに時刻を聞いて、九枚目を払わずに一文誤魔化す。それを脇で見ていた二人目が、次の日に真似をする。今度は少し時間が早くて四つ(現在でいう午後10時ごろ)に屋台に行き、同じように誤魔化そうとするが、時刻は四つなので余計に払う羽目になる。最後のサゲはそれを含ませて終わるんです」
「じゃあ、二人目のやつは結局何文払ったことになる?」
くどいので、オチの勘定を最後まで数える噺家はあまりいない。実際に考えたことはなかった。
「えっと、元々十六文払う予定で、それが九枚目で五枚目からのやり直しになるから、差分が四文で……あっ」
「そう、二十文払ってるんだ。これが五十円玉二十枚の意味さ」
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